代表取締役 湯川 剛

私は自ら、所有する土地・建物の権利書を携えて銀行に出向きました。通された支店長室では、支店長と融資担当者2名が神妙な面持ちで面談に応じてくれました。異例な事でした。
当時、どの銀行も厳しい借入返済や融資の断りに対する面談は、融資担当責任者が行ないました。台詞も「我が支店は協力したいが、本部の意向です」という決まり文句での対応が通例で、支店長が直接面談に応じる事などなかったのですが、「今回はどうしても」と支店長の面談を強く求めたのです。
「社長、本当に申し訳ない。我々は協力したいが、本部の査定が厳しすぎる。物件売却の条件を了承出来ないなら、新たな融資も出来ない。」
融資の目的は次なるOSGの生きる道であり、その事は避けて通れない。その為には銀行が要求している「売却すれば・・・」というこの融資条件は、了解している旨を伝えました。

支店長らは、どの物件を売却するにしろ、そこには少なからず思い入れがある事に理解を示してくれ、「また儲けたら取り戻せばいい」と、同情気味に話してくれました。そして私が売却を決断し、持参した権利書が何処のどんな物件なのかを尋ねてきました。

「私の自宅を売却します」
「えっ!」支店長と融資担当者は、一瞬時間が止まったような顔をしました。
もう一度、尋ねられたので私の自宅だと答えると、
「どうしてですか?」
「何故、会社の物件ではないのですか?」と質問を浴びせました。決断の理由は簡単でした。どの物件も営業拠点として必要だったからです。しかもどの物件を選択するにしろ、売却すれば社員さんやお取引先が不安がる事は火を見るより明らかな事。しかし私の自宅は売却しても誰にも気付かれる事はないと、「自宅」を売却物件に選択した理由を説明しました。

すると支店長は、少し待って下さいと他の2人と共に席を立ち、支店長室を出て行かれました。部屋にただ1人残され、10分以上も待ったでしょうか。その間、自分が決断した事は本当に正しかったのだろうか、家族の一員として最低な父親ではないかと前夜、悩みながら決断した事を思い出していました。

しばらくして、支店長と融資担当者が戻ってきました。幾分、顔色が明るく思えました。
「いやぁ、湯川社長。今、本部と話し合いました。自宅売却は必要ありません。現在の担保物件のまま、融資する方向で動きます。」私はその回答に驚きました。
「本当に売却しなくていいのですか」何度も確認しました。支店長は
「結構です」と、本部とのやり取りの内容を聞かせてくれました。
「会社倒産による物件売却の場合でも、頼むから自宅だけは残してくれと言うのが一般的な社長の姿だ。しかし湯川社長の考え方は違っている」と支店長は本部に強く働きかけてくれたようでした。そしてこの時、支店長は「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれとは、この事ですね」と、「一身を犠牲にするだけの覚悟があって、はじめて活路を見出し、物事に成功する事が出来る」というような説明をしてくれました。

私は銀行の帰りに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉を、改めて口にしました。
そして「製品生産の目途がついた。次は落ち込んでいる社員さんをどうするかだ。」と気持ちを切り替え、私はある決断をしました。

(次回に続く)

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