代表取締役 湯川 剛

JAFS理事交流会で「マロンパティの精水-いのちの水の物語」を受け取り、東京移動の新幹線車中で一気に読了してから1ヵ月後の12月20日。
私はある人の紹介で映画関係者と面談する機会を得て、映画作りについて相談。その後、翌年08年1月31日にも2回目の映画制作の説明を受けました。
そして08年3月30日。JAFS全体理事会の席上で私は自らの気持ちを伝えました。
「先日『マロンパティの精水-いのちの水の物語』の本を頂いて読みました。私の全く知らない事も書かれてありました。この物語を何とか映画制作したいと思います」。
「とにかく映画化したい」と、一方的に私の思いだけをぶつけてしまいましたが、理事会の皆さんは温かく私の思いを受け入れてくれました。
理事会を終えた私は、自宅まで徒歩で約1時間の距離を歩きながら考えました。
「まずは制作費用だ。資金集めが計画通りにいかない場合も考慮して10年は掛かるな」
夜の御堂筋を南に歩を進めながら、頭の中は映画制作の事ばかりでした。
「映画制作は脚本が大事だ」と映画関係者からアドバイスされた事も思い出しました。
さて何から着手すればいいのか、制作費用はどの位掛かるのか、全く白紙の状態です。
しかし、1つだけ決めていた事がありました。それは「万が一、制作費用が集まらない場合、全て私自身が負担する」。その覚悟だけは決めていました。

具体的な事が何ひとつ決まっていない状況下、何故、理事会で発表したのだろう。
もう少し目鼻がついてからの発表でもよかったのではないか。
自分自身の中でそういう疑問が湧いたりもしましたが、それはすぐに打ち消されました。
新幹線で一気読了し、感動の涙と熱い気持ちを消したくないと思ったからに他なりません。
「やりたい」という強い思いが大切だったからです。それがいつもの湯川流だからです。
過去にビルを建てるぞ。業界No.1にするぞ。上場するぞ。と、熱く思った気持ちを大事にし、それに向かってまっしぐらに走る。有限実行。まずは自縄自縛して前に進む自分流のやり方で必ずこの映画を実現する。私のいつもの思考回路が動き出しました。
「物質的に獲得する前に精神的に獲得せよ」「物質的に獲得する前に精神的に獲得せよ」・・・
この言葉を何度もつぶやきながら、そして「よし!」と気合をいれて夜の御堂筋を更に大股で闊歩しました。

追記
2008年3月30日、JAFSの理事会で「映画を作ります」と宣言して、今年で10年が経ちました。その当時「10年は掛かるかな」の根拠は、全て資金作りでした。

2018年4月20日。翌日のフィリピンロケに立ち会う為、私は韓国仁川空港からフィリピンのルソン島のクラークの空港に真夜中の0時50分に到着。
もし3月であればJAFSの理事会で発表してちょうど10年になるのですが、4月になりました。そういえば、横井顧問は2000年4月に亡くなられた事を思い出しました。

私の鞄に1冊の台本があります。
台本の表紙には「セカイイチオイシイ水―マロンパティの涙」と書いてあります。
監督は西海謙一郎氏。脚本は鎌田哲郎氏。音楽は遠藤浩二氏。素晴らしいスタッフが集まってくれました。この物語に出てくる水道パイプラインのプロジェクトの中心人物を赤井英和さんが演じてくれます。
主役は「第1回全日本美声女コンテスト」グランプリ受賞の辻美優さんです。更に大手プロダクションオスカーさんらの協力にも感謝しています。
少ない予算の中で素晴らしい俳優さん達が「よし、私も出よう」と協力して頂いたのは、話が素晴らしかったからです。来年5月に劇場公開の予定です。

嬉しい話が舞い込んで来ました。
2018年7月3日、朝日新聞の朝刊に「フィリピンの町を救ったオイシイ水」「大阪のNGOの奮闘 映画化進行」の記事が掲載されました。
横井顧問の思いや決断は、90年8月のアマンテさんの1本の電話から何と28年の歳月が流れても人々の中に生きていると思うと鳥肌が立ちます。
この実話を取上げて頂いた朝日新聞の中村正憲記者にも心から感謝します。

尚、現在、上記の朝日新聞の掲載紙面を当HPで掲載可能か、ただ今確認中です。


(次回に続く)

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