代表取締役 湯川 剛

08年9月24日(水)友引。
私の手帳に「友引」と書かれてあり、思わず笑みがこぼれました。
誠に単純な男です。

前日23日の秋分の日に私は広州から成田にて帰国しました。
翌日13時に、日興企業情報との面談を終えて社員さんの運転で、千葉に向かっていました。
24日16時にジャパンフーズ(JF社)との2回目の会議に参加する為です。車中「やっぱり水ビジネスの水曜日やな」「両社は引き寄せているから友引やな」と手帳に書かれた日程を見ながら全く無関係なモノにも「ツイているなぁ」と相変わらず自分本位の妄想でいつもの「物質的に獲得する前に精神的に獲得せよ」を念じていました。

16時前に到着しました。広い敷地に大きな門構え。行き交う大きなトラックの関所のような守衛室。その守衛さんに訪問先を伝え、車はゆっくりと敷地に入っていきました。これから広がる未来への第一歩に入った気持ちです。不思議と緊張感は全くなく嬉しい気持ちだけが胸を膨らませていました。希望に胸を膨らませるのは16歳時代の自分も、当時61歳になった自分も同じだなと思いました。棟の入口に先日来社された際の企画室長が迎えてくれました。靴を上履きに履き替えました。食品を扱っている関係から衛生管理への配慮です。その後、階段を上がり広いオフィスに入ろうとしました。するとJF社の社員さん達が全員立ち上がり「いらっしゃませ」と私に笑顔で挨拶で迎えられました。私は心の中で「遂に憧れの伊藤忠商事系、JF社にいらっしゃいましたよ」とつぶやきました。

オフィスを通り抜けると右側に会議室があります。会議室に入ると本所社長が手を差し伸べられ「ようこそ」と握手をして迎え入れてくれました。会議室の窓からは先程の守衛室や大きな駐車場が見えます。テーブルにつくと後から他の役員の方も入って来られました。名刺を交換しましたが、皆さん気さくに対応してくれました。この時に初めて内田専務と飯沢専務ともここでお目にかかりました。話はJF社の誕生から飲料業界全般の状況へと展開しました。

その後、JF社の今後のあり方の一つに水宅配事業も考えているとの事でした。本所社長がOSG本社での私との面談に「JF社は総合飲料受託生産会社、すなわち他社ブランドのOEM品を生産する、いわゆる縁の下の力持ちのような立場。他社と言っても最大手の有名ブランド飲料水のメーカーの受託生産を行なっている。たとえ有名ブランドとはいえ他社製品を作っている事に社員並びに従業員が誇りを持つ事はなかなか難しい。そこで自分達が手掛けるブランド製品が欲しい」と他の役員にも聞かせるように再度私に話されました。

この日の会議は今後共、引き続き両社間で協議していく事で終わりました。
その後、JF社が良く利用されているイタリアンレストランに連れて行って貰いました。畦道を通り、畑の中にぽつんとある1軒家の佇まいで外からはレストランとは思わない造りです。オーナ-シェフご夫婦とお嬢さんとで運営され、アットホームな雰囲気のイタリアンレストランでした。店名が「オルト」です。
楽しい食事と何よりも楽しかった会話。そのひとつひとつの場面は、今でもはっきり覚えています。会話の内容も覚えています。次回面談は双方のスケジュールが合わず12月の忘年会は必ずやろうと決まりました。

翌日、東証会館で中間決算説明会を行ないました。決算説明後に役員とランチをしました。そのランチの席上で、JF社の幹部や社風について、昨日のイタリアレストラン「オルト」での出来事を話しました。

このレストラン「オルト」が後々の両社間の鍵を握る場所になるとはその時、私も本所社長もそして飛車角の内田専務や飯沢専務も知る由もない訳です。

(次回に続く)

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