代表取締役 湯川 剛

詰め寄る私とガンバレの声援は、益々彼を孤立化させるか、それとも奮起させるかの瀬戸際のような感じでした。「この物言わぬ若いリーダーも内心では、思いっきり自論を話せる自分を望んでいる筈だ」と思いつつも、この彼を取り巻く状況を考えると「孤立化させて逆効果になるかも知れない」という迷いが私自身ありましたが、前者を選択しました。
下を向いている彼に向かって、突然、私は「あいうえお」・「かきくけこ」・「さしすせそ」と大きな声でいいました。張り詰めた雰囲気の中、何事かと全員が唖然としていました。下を向いていた若いリーダーも上目遣いで私を見ました。私は腕を振り踊るように「あいうえお」から「ん」まで大声を張り上げました。私のあまりに真剣な様子に、周囲の雰囲気は緊張でシ〜ンとなっていましたが、やっているその姿は、第三者から見れば、少し理解出来ない場面であったと思います。そういう私の姿を見て、仲間のある者が「しっかり答えろ」と誘導しました。そうするとこのリーダーが、小さな声で何かを話し始めたのです。
私が必死になってやっているにもかかわらず、反応してくれない彼でしたが、仲間の声に促されてやっと重い口を開きました。こんな風にして訓練は進められて行ったのです。

四半世紀以上経っている今も忘れられないシーンです。そんな記憶に深く刻まれたシーンはまだまだあります。それは「何故、お客様に感謝しなければいけないのか」という課題に対する討論の場面です。「お客様への感謝」から「感謝の出来る人間」に話が移り、そして「親への感謝」にまで話が進んでいました。1つのテーマに4〜5時間もかかるのは、そのように話が核心に触れるところまで行くからです。
「ではお父さんやお母さんに感謝する気持ちがあるのなら、ここでそれを証明してみろ」
そう、私は皆に質問を投げかけました。私自身、母親を亡くしている事から生前、親孝行していない事の自我の念もあって、自ら感謝を現す事を社員さんの前で行ないました。
「天国にいるお母ちゃん、ありがとう」と発表したところ、他の社員さんも自宅や故郷にいる両親の方角に向かって「お母さん、今まで育てて頂いて有難う!」と声の限りに叫び、感謝の意を表しました。殆どの社員さんは、涙を流していました。当然、私も大泣きでした。
社員教育なんていう雰囲気ではありませんでした。でも社員さんと1つになれた気がしました。あの無口な若い社員さんも顔をくしゃくしゃにし、「社長、ありがとうございます。」と腹の底から大きな声で言いながら、抱きついてきました。それは以前の彼の姿ではありませんでした。

人間はちょっとしたきっかけで、変わるのだと教えて貰った瞬間です。
何かのきっかけで、人間は変わるのです。当然良い方向に変わる場合もあれば、逆に悪くなる場合もある事でしょう。「社員教育」でその事を教えて貰った限りは素晴らしい人に変ってもらえるきっかけ作りをしなければならないとこの合宿教育で知りました。

まさかこの社内教育が、それから以降の他の企業社員訓練へと変化するとは想像もしませんでした。しかも15年にわたり、約1万人の訓練生と出会うとは想像もしなかったわけです。

(次回に続く)

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