代表取締役 湯川 剛

2005年1月4日、仕事始めの日に天然公司の金菫事長と国際電話で会議を行ないました。
「湯川兄弟、昨年1年間の経験を生かして今年は大いに飛躍が出来る予感がする。中国のお正月は日本の2月になるが、この1月も注文が各地代理店から入ってきている。他の代理店で売れている噂が広がり、今まで取り扱っていない代理店からも問い合わせが来ている」
また「1月18日に天然公司の新春大会が珠海で開催される。全国の代理店等、1000人以上の参加になるので、是非とも奥様や幹部の方々も参加して欲しい」との事でした。

節目の35周年を迎える2005年の仕事始めに、金菫事長からの電話会議は刺激的で前向きなものでした。1年6ヶ月を費やした中国全土の代理店訪問が、やっと花咲くのかなと期待が膨らみました。1月の訪中は17日から20日までの3泊4日。26日から31日まで5泊6日と決定し、珠海本社以外に成都・重慶・昆明等の内陸部の代理店訪問も決まりました。

OSGでは毎年の事ながら、新年を迎えても仕事始めの初日から仕事モード全開です。
それは1月決算である事が多分に影響しています。新年の挨拶や賀詞交換会をこなしながら、新年早々数字を追いかけるOSG幹部を始め社員の皆さんは、いつもながら感心させられます。
彼らが忙しなく動く。だから私もつられて行動する。トップである私が走り出すので幹部や社員のみなさんが更に動き出す。そんな繰り返しの1年がスタートしました。

1月13日。大手素材メーカーの五菱ナイロン(仮名)へ新年の挨拶に行った時の事です。
三田村役員(仮名)に年齢を伺うと「実は明日が誕生日」と言われました。
「私は明後日の15日です」とそんな会話から三田村役員が来年定年を迎える事を知り、もし良ければOSGの顧問も視野に入れておいて欲しいと依頼しました。
大手企業に在りがちな複雑な人間関係や派閥争い、またライバルを引き摺り下ろすといった類のまさに経済小説の中でしか知らなかった事を後々、私はこの役員から教えて貰う出来事に遭遇します。そういう意味では大変勉強になった人生の出会いです。

さて年始にかけて、旧アクアCジャパン社の民事再生に対して積極的な動きがありました。
私は1月24日夕方、ミカンガス(仮名)の親会社カマクラガス(仮名)に呼ばれて訪問しました。
その場で旧アクアCジャパン社はミカンガスでやる事になったと正式に知らされました。

「旧アクアCジャパン社は子会社のミカンガスを中心に行い、社名はジャパンを取ってアクアC社とする。湯川さんも可能であれば手伝って欲しい」
そしてカマクラガスの社長は「エリア代理店になって欲しい」と言葉を続けました。
「加盟金等が不要であれば考えても良い。その代わりに代理店のモデルになるような会社にしてみせます」といって私は席を立ちました。
「旧アクアCジャパン社の民事再生を通じて、水宅配事業に参入しようと思ったが旧アクアCジャパン社に関してはこれにて断念しなければならない」そんな思いを抱いてカマクラガスを後にしました。
「水宅配事業に参入するという気持ちをこのまま消す訳にはいかない。何としてでもこの数ヶ月に費やしたエネルギーを無駄にしない為にも、改めて作戦を練り直さなければならない」
品川駅へと急ぐ私に寒い風が刺激を与えました。

「2005年、戦闘開始だ!!」誰に聞かせる訳でもなく、一人つぶやいていました。

(次回に続く)

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