▲[ 前編を読む ]
それはオーナーである王さんが店に来る数分前に、厨房で話題になっていた話です。そこのお店は、1フロアーでもかなりのテーブル数がありました。厨房室は奥にあり、お客様からは見えません。コーヒーやサンドウィッチは小さな取り出し口のようなところから出され、ウェイトレスの人達が運びます。厨房には私を含め6名が入り、1階はその取り出し口から出し、階上には昇降機を利用して出します。忙しい時はウェイトレスが数名、その取り出し口の前で注文の品を待つ程です。その隣にトイレがあるのですが、トイレ待ちのお客様が2〜3人程並ぶと、注文待ちのウェイトレス等とで、「すいません、ちょっと道を空けて下さい」と、取り出し口の前で小さな混乱が起こります。
その原因は、テーブル数に合わない小さなトイレだったからです。それが話題というよりは、不満としての話でした。そしてその事を、何のためらいもなくオーナーに伝えました。疑問とか、従業員の不満の代弁や告げ口を言っているのではなくて、ただ「何かないか」と聞かれたので、その話題をそのまま伝えただけでした。
すると温和な王さんの顔が突然険しくなり、「何も分かってはおらん」と、従業員の皆さんに言うようにして私に言いました。そして王オーナーは、「ここは梅田のド真ん中。1坪何百万もする場所だ。私はトイレを貸しているのではない。便器の数を増やすなら、テーブルを1つ増やす。」と要約すれば、そういう話でした。そして「投資効率」「回転率」という言葉を、そこで教えて貰いました。私が生まれて初めて、知った言葉であり、妙に感心しました。「これが経営者や」と感動もしました。
夏のアルバイトも無事終わり、冬のアルバイトがやって来ました。「麦」で働いていた副マネージャーが転職し、その店でアルバイトしないかと誘われました。二つ返事で行きました。そこも同じ華僑の方の経営で、王さんと同じ位の規模の喫茶店を持っていました。行って驚いたのは、トイレの豪華さです。古代ローマの宮殿風でした。「なんや、このトイレは・・・!」こんなトイレを見たのは、生まれて初めてでした。でも王哲学の「投資効率」を感動しながら聞いた私から見れば、これは明らかに「間違っている」と、単純に思った訳です。
現在もそうですが、その頃から何でも関心を持ったり、好奇心を持ったりしていましたので、ある時、オーナーが来られた時にその質問をしてみました。イヤ、むしろ質問というより、疑問満ちた感じで「自分は昼間、会計事務所に勤務している。多少は投資効率の事も知っている」等と、王哲学の受け売りを述べた訳です。するとオーナーはニコニコしながら、「以前、マネージャーが勤めていたところのアルバイトとは君の事か。その話は王さんところの話だな。」と言って、次の話をされました。
「ここは梅田のド真ん中。」と言ったかどうかは定かではありませんが・・・(笑)。しかしこういう話をされました。「ウチにくるお客さんは、湯川君が飲みに行く喫茶店よりも倍以上に値段が高い。」当時の私は喫茶店など行った事がありませんので、コーヒーの値段は知りませんでしたが、その店のコーヒーの値段が高い事は知っていました。「・・・だから、お客さんはただコーヒーを飲みに来ているのではなく、この雰囲気を楽しみに来ているのだ。そしてトイレもその雰囲気の1つだ。」と言い、そこで初めて「付加価値」という言葉を教えて貰いました。私が生まれて初めて、知った言葉であり、妙に感心しました。「これが経営者や」と感動もしました(笑)。同時に「俺は何と説得されやすい体質があるんだろう」と(笑)。
オーナーは言いました。「君は王さんの話にも納得しただろう。そして私の話にも納得しただろう。どうしてだ。」「わかりません。でも両方とも納得しました。」するとオーナーは「それは二人とも実績を持って言っているからだ」と言いました。「君がこれから社会に出て、自分の意見を言って、みんなに納得して貰いたかったら、まずは実績を作る事だな」と。
あれから40年が経ちましたが、前半の20年間はよくこの話をOSGの社員さんに話したものです。話しながら、常に自分に言い聞かせていました。「実績を持たなければ、話に説得力がない。説得力がなければ、影響力もない。影響力がなければ、パワーもない。パワーがなければ、実績も生まれない。」と特に、20〜30代の私は、その事を心がけていました。
私の会計事務所時代はまさに「社会大学」として、多くの学ぶべき教材がありました。与えられた教材ではありませんでしたが、教材だと認識した時点で教材になった訳です。
会計事務所の上司や先輩の皆さんからは、仕事以外に秋はキャンプ、冬はスキーへと一度も経験していない遊びに連れて貰い、楽しい時期でもありました。倒産した父親の会社も縮小し、長兄が再建。私も専門学校終了と同時に会計事務所を辞め、残る2年半で借金返済の目途を立てる次のステップへと、進んで行きました。
(次回に続く)
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