代表取締役 湯川 剛

長喜の孫董事長から「上海への移転」について打診がありました。
孫董事長が運営する上海市嘉定区の「長喜工業団地」は名称こそ「工業団地」ですが、従来の工業団地のイメージとは少し違います。
「長喜工業団地」は日本通の孫董事長が運営している関係から日本の会社が入居しています。例えば「日本の製麺工場」があり、その関連で敷地内では日本ラーメン店の経営者を育成する為の「ラーメン大学」設立の構想もあるとの事です。変わったところでは工場敷地内に日本ではテレビ等でお馴染みの住宅会社のモデルルームがあります。中国人向けに日本家屋で生活をする構想です。日本企業だけではありません。欧州のファッションブランドの「ケーキ製造工場」もあります。看板こそ「長喜工業団地」ですが、まるで「工員のいない工場」と表現していいのかもしれません。その長喜工業団地のコンセプトからいけば日本企業の「水の科学館」やアントニオ猪木の「プロレス道場」も的を得ている訳です。

さてここで、中国でのプロレス状況について少しお話しします。以前にもこの「人プラ」で掲載しているかもしれませんが「プロレス道場」の経緯もあり説明します。
2008年の北京オリンピック終了後、アントニオ猪木氏が「今後、中国においてもプロレスが盛んになる!」という彼独特の感性から「中国にプロレスを広めよう」という話になりました。過去、アントニオ猪木氏は共産主義のソ連が崩壊した時、真っ先に商業スポーツとして「プロレス」をソ連に持ち込んだのも彼です。北朝鮮でプロレス興行を開催した事を記憶されている方も多いでしょう。
そのような発想の持ち主ですので、当然の事ながら経済成長が著しい中国に「プロレス」を持ち込む発想は大いにあり得る話です。
「中国でプロレスは必ずヒットする」の理由は日本でお馴染みの大ヒット映画で主役のブルース・リーやジャッキー・チェンのカンフー映画や「3000年の歴史の少林寺」があり、中国人は戦う事が好きな民族だからだそうです。
人口13億人の中からとてつもない選手が発掘出来るのではないかと期待もしていました。
猪木氏は過去に「ロス道場」として米国ロサンジェルスにも道場を開設している経緯もあります。その運営を娘婿が行なっていました。中国道場も同じ発想なのでしょう。
猪木氏の娘婿に中国人選手の発掘とプロレス興行開催等を指示していました。とはいえ簡単に中国に進出出来るものではありません。そこで中国進出を既に果たしている私に目を付け、白羽の矢を立てたのでしょう。
しかもOSGの中国現地法人である「欧愛水基」には、北京オリンピックの強化合宿所にOSG製品を納入している関係から中国国家体育局との人脈もあります。ただ当時の中国国家体育局の幹部達はプロレスにはあまり肯定的でなく「実績を積んでからの話にしましょう」というものでした。ただ米国のWWEに対し興行実施を許可している関係から、政府としては否定する事はなくとも、公安当局から試合開催に対していろいろと指導が入ります。

今回の「プロレス道場」は、中国人レスラー育成の為にどうしても必要なものです。
国家体育局から紹介・推薦された柔道やレスリング経験のある中国人選手に「プロレスラーにならないか」と声をかけると、必ず質問される事があります。それは「給与はいくらか」そして「本社はどこにあるのか」という質問です。
給与はともかく本社所在地が東京だと伝えても彼らには通じません。日本人ならば、例えば米国のWWEにスカウトされた時、本社がフロリダでも問題はないでしょう。
しかし中国では「本社の存在」が重要視されるのです。そこで猪木氏の娘婿から「欧愛水基の上海オフィスに机一つ置いて間借りしたい」と乞われ「プロレス道場が出来るまで」の条件で、猪木氏のプロレス団体IGF「上海事務所」が出来ました。

中国国家体育局に所属している選手達は一旦「国家の所属」から離れると国家からの支援が受けられなくなる為、かなり保守的でいろいろな条件が付いて回ります。とはいえ国家も多くのオリンピック選手候補を抱えている事に悩みがあり、以前、私に「オリンピック後の選手の仕事の場」について相談された事もあります。この件は以前にも掲載しています。ただ「プロレス選手になれば」と提案すればいろいろな条件が付きます。

IGF上海事務所ではIGFが過去に開催した試合の映像を活用出来ないかと考えていました。その結果、上海のケーブルテレビやマカオのテレビ局からIGFの映像を利用しての番組制作が持ち掛けられました。その流れから「マカオでIGFの試合開催をしたい」という構想まで持ち上がりました。マカオは中国本土よりは規制がきつくありません。そのような環境からますます「プロレス道場」の設立が必要になって来ました。

当時「プロレス道場」設立の噂を聞きつけた中国人から「道場候補地提案」がありました。その中に「崇明島」で道場を開設しないかという話がありました。
崇明島は上海の近くにある島です。「中国には3大島がある」との事で、海南島・台湾、そしてこの崇明島の3島だと中国の知人が教えてくれました。台湾を中国の島と扱っているところが面白い話です。資料によると崇明島は、上海市中心部から車で約40分のところにあり、2009年に上海長江大橋と上海長江トンネルが開通し上海市内から陸続きとなりました。上海市北側の長江河口にある中洲で長江の土砂が積もってできた島で、中国国内第3位の広さを誇る島なのだそうです。人口は約70万人。その崇明島に「プロレス道場」勧誘の話がありました。
共産党員である島の村長らと知人を通して何度か面談しましたが、結局は上海市内から離れている為、管理面で問題があり消滅しました。「上海市内の松江区ではどうか」と別の提案もありましたが、いずれも「管理面」が問題です。
私は猪木氏に「中国で何かを成し遂げる為に一番重要な事は管理面です」と伝えました。この分野が一番難しい訳です。

このような事情から欧愛水基の「工場移転」と「水の科学館」、そして「プロレス道場」が「長喜工業団地」に設置されるのは最善の方法ではないかと思いました。
更にこの構想を後押しするような朗報が入りました。
それは北京の中国国家体育局の副局長であった孫副局長が7月に上海国家体育局局長に就任するという情報です。この副局長は中国国家体育局・訓練局にOSG製品を納入する際に大変お世話になった方です。何か因縁めいたものを感じました。

「中国国家体育局」ルートでの選手発掘に対し、クリアすべき課題が徐々に判明し、アントニオ猪木が「中国プロレスの父」になる為にも道場設立は不可欠だという事が分かりました。

そんな折、上海事務所に一本の連絡が入りました。
山西省出身の常 剣鋒、23歳。姉から貰ったわずか1000元を手に、プロレスラーの夢を見てバスを乗り継ぎ、上海に来たとの事でした。
決して豊かではない山西省での1000元の価値は、1か月間の食事代になりますが、大都会上海においては数日も持たない金額でした。その青年からIGFに連絡が入り「プロレスラーになりたい」との事です。

(次回に続く)

ご意見、ご感想は下記まで
support@osg-nandemonet.co.jp