代表取締役 湯川 剛

この大ヒット映画「戦狼」と出演している「熊」(プロレスラー コズロフ)を何とか生かす事は出来ないかと考えました

私は、この情報を欧愛水基の全国の代理店社長達に伝えました。
『「戦狼」に出演している「熊」を実は私はよく知っている。もし「熊」が貴社に連れていけるなら地元地域で「プロレス興行」をやりませんか』が主な内容です。
代理店の社長は殆ど映画「戦狼」を見ていました。同時に主役の敵役「熊」の存在も100%知っていました。大ヒット映画「戦狼」に出演している俳優であれば大歓迎の雰囲気が当時の中国にはありました。その人気映画に出演している「熊」がわが社に来る事はその代理店のお客様にとっても大いにアピールできる企画です。
この事に一早く反応したのが欧愛水基の最大の代理店でこの「人プラ」にも何度か登場しているシンセン代理店のオーナーでした。
本当に「熊」役の米国俳優コズロフが呼べるのか。もしそれが事実なら、プロレス興行を考えてもいいとの返事を得ました。

とはいえ、コズロフにはこの時点では何の連絡もしていません。まず中国にそのニーズがあるのかを確認した上で動く予定でした。そこで早速、上海IGFのスタッフでアントニオ猪木氏の娘婿であるサイモンが英語が出来るので直接交渉するように指示しました。
まさか、ここで映画「戦狼」が役に立つとは思ってもいませんでした。
サイモンから次のような報告が来ました。
「IGF時代に出場していた頃のコズロフと、現在大ヒット映画に出演したコズロフとは応対が全く違っている。高額なギャラを払うなら中国に行ってもいい」との返事です。
勿論、そんな費用はありません。しかしここで交渉中に彼から1つの情報を得ました。
彼の話によると、大ヒットした映画なので「続、戦狼」が製作され、その時に「熊」が出るのはないかという期待です。
そこで私はコズロフに「アメリカで生活していたのでは、次の話も出来ないのではないか。やはり中国に来て自ら売り込まない限り、次の出番はない筈だ。それはハリウッドでも同じだ。自分が中国が好きだというアピールを中国人にしなければいけない。幸いに中国初のプロレス団体「東方英雄伝」が上海でメディア発表をする。もし訪中できるなら、東方英雄伝のゲストとして中国メディアに取り上げられる機会を与えてもいい。もしかすれば監督・主役の呉 京氏がそれを見るかもしれない。アメリカにいて次の出演等を期待するなんて都合の良い話だ」と伝えました。すると彼は少し考えさせてくれとの返事でした。

1週間後にコズロフから連絡があり、高額なギャラでなくてもいいと言って、中国に来る事になりました。「よっしゃ!」
早速シンセン代理店にそのことを伝えました。シンセン代理店も有名な俳優が米国からやってくる事でシンセン代理店も大々的なイベントを計画するとの返事でした。そこで私はシンセン代理店の金董事長に「お約束のプロレスはやってくれますね」と確認しました。金董事長は「社内の若い社員達にプロレス開催のプロジェクトチームを立ち上げる」と約束してくれました。その結果、次のようなスケジュールが決まりました。
9月17日にコズロフ選手がシンセン代理店に訪問。そこで中国人初のWWE選手の王彬も合流してシンセンお客様大会に参加する。そのイベントの席上で「東方英雄伝主催のプロレスを12月17日から22日までの6日間を開催する」事を発表する。

9月17日のシンセン代理店のお客様大会は、予想以上に盛り上がりました。シンセン代理店のお客様も殆ど映画「戦狼」を見ていた訳で、スクリーンの敵役「熊」の生出演は大興奮の中で終わり、12月のプロレス興行にも大いに期待がされました。中国人初WWEプロレスラー王彬の影響もありました。

シンセン代理店の金董事長は、この状況を見て何としても「12月プロレス興行を成功させたい」と11月16日の日中友好会館でのプロレスも観戦する事も決まりました。更にその時に欧愛水基の代理店社長達もつれてくるとの事です。

3日後の9月20日に中国人初のプロレス団体「東方英雄伝」がメディア発表されました。勿論ここにも王彬選手やコズロフが参加してくれました。
コズロフは欧愛水基の「水密碼館 ~Water Code~」にも訪れました。その夜、上海にある日本式居酒屋で東方英雄伝の中国人レスラーと食事をする事になりました。

ここで「戦狼(ウルフ オブ ウォー)」について前回も説明しましたが改めて掲載します。2017年当時、中国では中国映画市場最大のヒット作品「戦狼(ウルフ オブ ウォー)」は中国とアジアの歴代興行収入1位を更新し、観客動員数は1.6億人を突破。世界歴代54位となる約1000億円の興行収入を記録。
監督兼主役は、呉 京(ウージン)。呉 京はこの映画で一躍英雄の人となりました。

コズロフは日本式居酒屋で東方英雄伝のレスラーと食事をしながら、当日のメディア発表会で自分自身の事をニュースに取り上げられているのかという関心を持っていました。それは呉 京監督が気づいてくれるのかという事につながります。彼はその為に中国に来たのですから。その彼に私はサプライズのプレゼントをしました。
私は日本語で「コズロフに話したい人がいる」と携帯電話を彼に渡しました。それを彼は日本語は分かりませんが携帯電話を受け取りました。話をして彼はびっくりしました。
その声の主が呉京監督です。ジェスチャーたっぷりに何かを話していました。終始笑顔です。

私自身勿論、呉京監督は知りません。
私はコズロフを中国に連れてくる為に電話で彼に言ったセリフがあります。
「アメリカで生活していたのでは、次の話も出来ないのではないか。やはり中国に来て自ら売り込まない限り、次の出番はない筈だ。それはハリウッドでも同じだ。自分が中国が好きだというアピールを中国人にしなければいけない。幸いに中国初のプロレス団体が上海でメディア発表をする。東方英雄伝のゲストとして国メディアに取り上げられる機会を訪中するなら提供できる。もしかすれば監督・主役の呉 京氏がそれを見るかもしれない。アメリカにいて次の出演等を期待するなんて都合の良い話だ」と冒頭に掲載されてある部分です。それによって彼は中国に来てくれた訳です。高額なギャラでなく。

彼が中国に来る事が分かってから私はあらゆる中国人ネットワークを使い、呉京監督に何としてもたどり着きたかった訳です。それがその夜に実現したのです。
彼が一生懸命、呉 京監督と話している姿を見て「動かない限り実現はない」を改めて認識しました。

中国プロレス興行を開催するにあたり、私には3つの壁がありました。
「入場料は取れない」・「会場費用はかかる」・「会場は満席にしたい」
もしこれを最初から諦めていたなら、何も始まりませんでした。まずは第一歩を踏み出してみるところから事態が変わる場合もあります。また想定外の状況を作る場合もあります。今回の3つの壁は12月のシンセンプロレス興行で全て解決してくれる事は、この時はまだ未知数のものでしたが方向性は見えました。

ちなみに当時の中国人の英雄である呉 京監督は、間接的にも私には無関係な人でした。
しかし「中国プロレス東方英雄伝を何としても開催したい」といった強い気持ちが、副作用として間接的に呉 京監督ともつながった訳です。そしてこの呉 京監督と思いがけない出来事が起きるとは当然、この時は分かっていませんでした。

次回の「人プラ」で、中国初プロレス興行6日間を掲載して、この話は終わりにしたいと思います。

【追記】
2022年9月3日(土)グランドプリンスホテル新高輪にて、銀座に志かわ 新CMメディア発表会がありました。
CMソング「銀座のパン恋唄」の発表です。歌手は紅白にも3回出場した丘みどりさんです。丘みどりさんにお願いしたのは、私が製作した映画「セカイイチオイシイ水」(第366-368回掲載)でプロダクションの社長とのご縁です。演歌界の若手有望歌手との事です。
当日はテレビカメラが5台入り、新聞・スポーツ紙等のメディア関係者や加盟店様等、100人を超えての開催でした。
「銀座に志かわ」ではシルバー世代のお客様が特に地方に多くおられます。
シルバー世代向けの番組であるBS TBS「昭和歌謡ベストテンDX」(毎週木曜日21時~)をはじめ、ラジオ等で放送されていますので機会があれば是非とも見て頂きたいと思います。

新CMはこちらからもご覧になれます

(次回に続く)

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