代表取締役 湯川 剛

さて、例の研修が始まりました。研修の流れは、こうです。
まず、はじめに「問題」を出します。班に分かれ、リーダーを中心に自分達なりの回答を、用意された模造紙に書き出します。リーダーは班を代表して、班の回答として模造紙に書き出したものを読み上げ、発表するという具合です。発表と言っても模造紙に書き出した内容を読むだけなので、然程の勇気はいりません。全員が体験出来るように、リーダーは順番制です。班の回答発表後、班の代表であるリーダーに私は「問題」に対する回答を確認する為に、改めて質問を投げかけます。回答するのはリーダーです。班のメンバー達は基本的に答える事は出来ません。リーダーが回答出来なかった場合、メンバーは助言をする事は出来ますが、リーダーの代理として回答する事は出来ません。簡単に言えば、単なる話のやり取りです。この程度なら、誰もが出来る事です。

ある若いリーダーが班の発表を終えたところで、私はそのリーダーに意見を求めました。
「その考え方は違うのではないか?」と私が反論すると、彼は途端に黙ってしまう始末です。反論する私の意見を正しいと思えばそれを認めればいいし、そうでなければ反論すればいいのです。しかし、彼はただ下を向いているだけでした。
数分の時間が流れました。煮え切らない彼の態度にしびれを切らした私は気づくと、押し黙ったままの彼に声を荒げて叱咤し、日頃の職場とは違った口調で詰め寄っていました。
「何故、自分の意見が言えないのだ。反論した私の意見が正しいと思えば訂正すれば良いし、そうでなければ私の意見に対して反論をすればいい」
自分の意見を言おうとしない社員さん達への不満が、この若いリーダーの態度で爆発したのでしょう。日頃、職場で接している見慣れた私とは全く違った形相に、空気がピンと張り詰めた状況になりました。

「人生の中では時として、自らを主張しなければならない場面に遭遇するものだ。そんな時に今のような状況だとどうなる。主張しなかった為に受けなくてもいい被害を被る場合がある。世の中には人の弱みに付け込んで脅かす者もいる。黙っていては良くない。主張すべき事はきちんと言わないといけない。もし家庭を持った時、妻子も守れないぞ。」
私は真剣に訴えました。問題の質疑応答を中断して、皆の意見を言わない日頃の態度について、私の考えを述べました。下を向いている社員さんもいましたが、私の顔をジッと真剣に見つめている社員さんもいました。
私はその時、心底「この社員さん達を変えよう」と思ったのです。決して仕事の戦力や会社の成績の為に変えようと思ったのではなく、社員さん自身にとって、このままではいけないのだと思いました。この社員研修を準備している時には、想像もしてなかった事です。まさに想定外の展開です。気がつけば、あの押し黙ったままの彼の顔からわずか10センチ程のところにまで、私の顔が迫っていました。仕事を超越してこんなにも私が熱くなるのには訳がありました。目の前にいる自らを主張しようとしない社員さんは、かつての「意見を言えない私自身」だったからです。彼らの気持ちが十二分に分かるからこそ、熱を込めて訴えざるを得ませんでした。「オレもそうだった。お前のように意見も言わず、押し黙っている自分がいた。」と。
社長と部下という関係ではなく、まさに仲間でした。「オレ」「お前」なんて職場では絶対に使いませんでしたが、その時は自然とそんな口調になっていました。

すると若いリーダーに対して「ガンバレ」の声援が出ました。最初は一部の声援であったのが、なんと全員の声援となって「ガンバレ」の大合唱になったのです。

結果は、期待以上のものでした。

(次回に続く)

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