代表取締役 湯川 剛

10月1日14時30分。私がご遺体の猪木と面会した時間です。
最後に会った9月29日から僅か48時間後の再会でした。
手を握って眠った時の48時間前の顔からすれば何かすっきりされたお顔になっていました。目の前にいる猪木は「ご遺体」というには違和感を感じる程、眠っている猪木でした。「猪木さん」と呼び、顔に手を当てました。48時間前に手を握ったその手に私の手を重ねました。目が覚めるのではないかというお顔でした。「あれ、大阪じゃないの」と今でも言いそうなお顔でした。腕には点滴の黒い跡がいつものようにありました。
私にはその亡骸への悲しみを感じている時間はありませんでした。ご遺族と言えば実弟の啓介さんしかいません。その啓介さんが「湯川会長しかいない。よろしくお願い致します」と言われたので私も「分かりました。私なりに一生懸命やります」と伝えました。

猪木宅に15時到着と事前に伝えていましたので、葬儀社も午前中の打合せに私が不在の為、15時に合わせて再訪問しました。葬儀社2人の担当者と実弟の啓介さんの4人で告別式について打合せをする事になりました。寝室で眠っている猪木に対して悲しんでいる暇もありませんでした。この偉大なスーパースターの葬儀告別式をどうすればいいのか。数日前の猪木との会話や思い等が急転直下の状況の大変化です。

猪木から「俺の葬儀だ。しっかりやって貰わなきゃ困る」と要求されている感じです。
スーパースターの葬儀告別式等、未経験な私にとって迷っている時間などありません。
私は葬儀社に細かな事は別としてまずは大きな方針を決めました。それは葬儀告別式は「猪木家の家族葬」にして後日「お別れ会」するという事を決めました。勿論、啓介さんには確認しましたが、彼も私同様に何が正しいか間違っているかは分かっていません。
私にとっては今まで経験した事のない「猪木ファン」の皆さんの存在がある葬儀告別式の準備です。とにかく時間がないので「猪木家」での家族葬を営む事としてファンの皆さんを含め一般の方々には後日「お別れ会」をする事を葬儀社と相談してその場で決めました。更に葬儀社には、後日「お別れ会」は新日本プロレスと協議しながら進めると付け加えました。

実はU先生から29日に猪木の状態から「葬儀の事についても考えておくように」と言われた後、私は大阪に戻りすぐ知り合いの葬儀社に連絡をしました。勿論「猪木」の名前は伏せてでの「都内での葬儀会場」についての内容でした。
大阪の葬儀社の話では、都内は担当外なので東京の知り合いの葬儀社に確認すると数時間後に電話がありました。都内ではよく使用する青山霊園葬儀場だが改装中で使えない。東京タワー近くにある増上寺か築地本願寺の会場があるとの事。しかし参列者は1000人以下の収容であるとの事でした。「猪木ファン」を考えるとそれはとても無理だと判断しました。
その事が私の判断に影響しています。それが「家族葬」と「お別れ会」の判断です。

さて当面は「猪木家」の家族葬をどのようにするかという事に話を進めていきました。
葬儀社の話によると課題は大きく2つありました。
1つは都内の斎場事情は大変厳しく、こちらの日程で対応してくれる事はなかなか難しいとの事です。よって告別式の日取りをまず押さえなければならないという課題がありました。
2つ目はやはりスーパースター「アントニオ猪木」の葬儀に対しては、間違いなく多数の人が押し寄せてくるという事です。これをどのように対応するが最大の問題でした。
この事に対して私は完全に無知な状態です。知らない事、分らない事は私に更なる不安を呼び起こします。特に2つ目の事は想像が出来ませんが「収拾がつかない状況になり、ともすれば事故を起こす事は絶対に避けなければならない」という目に見えない未経験な不安です。もしそんなことが起これば「何をしているのか」と猪木に申し訳ない気持ちでした。
1つ目の問題はアメリカ在住の寛子さんがいつ帰国できるかに影響しています。
この日は方向性だけ決め、葬儀社との打合せは終わりました。

打合せ後、啓介さんから私に「寛子からの伝言がある」との事でした。
寛子さんの伝言は「遺骨になったパパと会うのは出来るだけやめてほしい」との事でした。
他に数項目がありましたが、私は啓介さんに「全て寛子さんの希望通りにします」と伝えて貰う事にしました。そして問題は「寛子さんはいつ帰国するのか」の確認をお願いしました。
帰国日と斎場の空いている日程をどのように調整するかがその時の課題になりました。
その結果、10月11日帰国、13日お通夜、14日告別式という大枠の日程が決まったのは翌日の事でした。これにて「家族葬をどうするか」を考える時間が多少出来ました。
「家族葬」と言ってもスーパースター「アントニオ猪木」の場合、「近親者のみで猪木の葬儀告別式は滞りなく終わりました。ファンの皆様には後日〝お別れ会〟を行ないます」という訳に行かない訳です。例え猪木家の「家族葬」と言っても多くの方にそれを知らせる必要があります。場合によってはテレビ等のマスコミの皆さんに報道して貰う必要があります。これをどのようにするかがその時の私の課題でした。時間は寛子さんが帰国するまでの10日間という時間を与えて貰った事が準備をする事に正直助かりました。さて猪木家の家族葬に限りある参列者数に対しどの方にお伝えするのか、また告別式の日時や会場を外部に知らせなく伝えるのかが課題でした。啓介さん、髙橋社長らを中心にその事で話し合いました。

葬儀打合せの最中にも次々とインターフォンのチャイムが鳴ります。
猪木が亡くなった事を知って弔問に駆けつけてくれた方々のチャイムです。
猪木宅の白金台のマンションは入室するには二重のチェックが必要です。マンション住民が玄関ドアから出た際に、もし入ったとしても次の部屋毎の確認がなければエレベーターそのものが作動しません。弔問客の確認は基本的にはマスコミ関係以外はお断りする事はありませんでした。それは以前に猪木が住んでいたマンションで私をはじめ多くの人達が前マネジメント会社から嫌な思いをしているからです。でも、この話はここではやめましょう。

亡くなった日の弔問客の殆どの方は生前にお見舞いに来て頂いているため猪木宅を知っていた方々です。古館伊知郎アナ等は数日前に猪木と会っています。その日の内に弔問した事がネットニュースにアップされそれによって多くの方が弔問する事になりました。

そんな中で前マネジメント会社の面々が「お参りしたい」とチャイム越しに来ました。基本的にはマスコミ以外の方は受付る事になっていましたが今までの経緯がありスタッフの方々も少し色めき立ちました。私にどうしましょうかと確認が入ったので「参って貰って下さい」と伝えました。5名程来たでしょうか。私は参列者の具体的な確認はしていません。
ある人がご遺体に向かって「●●してごめんなさい」という言葉が私の耳に妙に残りました。

次の話は葬儀告別式が終わった後日に猪木の元マネージャーの宇田川氏から聞いた話です。
宇田川氏が眠っているアントニオ猪木にガウンを掛けてあげたいと思い、前マネジメント会社にガウンの確認をしたところ「ガウンは1着もない」との返事だったらしいです。
猪木が長年闘ってきた象徴のガウンです。
そのガウンを眠っている猪木に掛けてあげたいと思う宇田川氏の心情はよくわかります。
私達が葬儀において唯一心残りは猪木にガウンを掛けてあげる事が出来なかった事です。
宇田川氏の話によるとガウンは6着あったとの事です。
そういえば、白金台のマンションに引っ越してきて数日後、猪木が啓介さんに「以前の部屋にあった絨毯はどこにあるのか」と尋ねた事がありました。猪木が大事にしていた貴重な絨毯だったらしいです。ガウンと絨毯は、一体どこに行ったのでしょうか。

亡くなったこの日は10日後に控えた「家族葬」について私は時間を費やしていました。
「ガウン問題」は私にとっては知らない話であり、この日は1秒の時間も費やしていません。しかし後日に知った「ガウン問題」をここに何故掲載したいのかと思ったのは、記録として残しておきたい気持ちがなぜかしら私の中にありました。
もしかすれば猪木がそうさせているのでしょうか。

10月1日の夜。私が品川の社宅に戻ったのは日が変わった午前3時でした。
長い長い1日でした。

次回、12月25日に掲載します。

【追記】
【プロレス大賞】アントニオ猪木さん史上初「栄誉賞」受賞というニュースが、12月15日に入ってきました。以下がその時の内容です。
https://www.nikkansports.com/battle/news/202212150000811.html
『今年で49回目を迎えた「2022年度プロレス大賞」(東京スポーツ新聞社制定)の選考会が15日、オンライン形式で行われ、10月1日に心不全のために死去した新日本プロレスの創設者アントニオ猪木さんに、史上初となる「プロレス大賞栄誉賞」が贈られた。プロレス・格闘技界への絶大な功績をたたえた。
これを受けて、猪木さんの実弟、啓介さんは、
「大変な賞をいただき、誠にありがとうございます。兄貴も急に亡くなって、もっといろいろやりたいことがあったと思います。そうした中で、こうしたすばらしい賞をいただき、弟としてもうれしく思います」との事です。』

この「栄誉賞」はプロレス大賞史上初との事です。よってジャイアント馬場も受賞していません。プロレスに興味のない方にとってはこの賞の価値は分かりませんが、歌の世界でいうところの「レコード大賞」に匹敵するものだという人もいます。

それにしてもスーパースター「アントニオ猪木」の評価の価値はプロレス界以外にもあると思います。今後、更に大きな「賞」に値する評価があるのではないかと私は信じます。

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