代表取締役 湯川 剛

2018年1月16日16時30分。
約束時間の30分遅れて森上氏がOSG本社にやってきました。
以前の広告制作会社の時や闘病生活をしていたより、顔色もよく何よりも有名な高級食パン「根上」を経営している自信のようなものがありました。その表れは森上氏がいきなり「湯川会長。今、自分はロールス・ロイスに乗っている」との挨拶でした。私はロールス・ロイスについては高級外国車とは知っていましたが実際に見た事はありません。彼の現状を表している事だと思い「凄いね」と言いました。すると次に「会社の金庫に●●億のお金もある」との事でした。お年玉を渡すのがいいタイミングなのかどうか、迷った位です。
更にあの大リーガーのイチロー選手に毎月食パンを送っているとの事で、日本に帰ってくる時は必ず「根上に来る」との事でした。それには驚きました。ただイチロー選手の話は後日、「根上」の関係者から聞くとある人がお土産にイチロー選手に手渡したという事がわかりましたが、その時は「凄い」との思いだけがありました。
いずれにしても以前の森上氏ではないという事が何となくわかりました。

私は「根上」が昨年にたしか日テレ系のテレビニュース番組で取り上げられているのを見た事があると話したところ、いろいろなメディアで取り上げられているとの事です。
そこで彼が持参したビデオを見せられました。内容は「根上誕生」のストーリーです。
「根上」の社名の由来は森上氏と坂根氏の下の名前を取って付けられたとの事です。
自分が会長であり、坂根氏が「根上の社長」という2人代表との事です。2013年秋に上本町6丁目(大阪市)で初めて店を出し、年内に100店になるという話も聞きました。ただ東京だけは出店していないとの事です。5年で出店数が100店舗がこの業界で凄いのか、普通なのか、別の業界で生きてきた私にはわかりませんが、伸びている事からその勢いがわかります。森上会長の話は続きます。
坂根社長はプロレス団体の会長もしているとの事でした。そのプロレス団体がある日、老人ホームの慰問に行った時、食パンの耳を残していたお年寄りがいた事や坂根社長の家族の方がアレルギーで従来の食パンが食べられない等から現在の「食パン」が誕生したとのエピソードがビデオに収められていました。私は森上氏に「ビデオでの話は本当の話なの?」というと彼は意外な事を言っていましたが、ここではその話は控えます。

私はこのような飲食のビジネスを経験した事がないので、いつもの好奇心から「実は東京銀座に所有のビルがあり、1階が空いている。まだ東京に出店していないのならやらせて欲しい」と尋ねました。すると彼は坂根社長に聞いてみるとの事でした。
その時に開業には保証金が1500万円、ロイヤリティ10%、その他機械購入等の具体的な事業資金等の説明をしてくれました。
私は「食パンを作る時に水が必要だと思うが、どのような水を使っているのか」と言ったところ「水?」と最初は意外な質問だというような顔になった後「あ、そうか。湯川会長のところは水を扱っているのですね」と言い、水にはコストをかけていないという話になりました。私は「是非OSGの水も取り扱ってほしい」と売り込みました。
私は次の面談の約束があり、この日は60分の会話で終わりました。帰り際に改めて森上会長に「銀座で出店出来るか」と「OSGの水は採用してもらえるか」の2点を確認しました。彼は共同経営者の坂根社長に相談して明日の午前中にも連絡すると言いました。
私は「明日、東京への出張で午前中は新幹線に乗っているので必ず連絡がつく。必ず連絡して下さい」と念押しをし彼も「午前中に連絡する」と言って別れました。

私はその日の夜、どのような返事が来るのか楽しみにしていました。
もし「東京には出店の計画はありません」「水にはコストをかけません」という返事が来てダメなら元々縁がなかったものと思い、この話はこれで終わっていたと思います。

約束の翌日になりました。せっかちな私は彼からの連絡を待たず、私自身が彼に大阪駅から電話をしましたが不在です。着信履歴もあり、必ずコールバックを期待していました。それは森上会長が闘病生活や会社を売却した当時は、必ず電話をすればすぐにコールバックがあったからです。そんな事も期待して電話をしました。
しかし新幹線車中で待機していた電話は残念ながらありませんでした。
もう一度言います。私は「東京の出店はダメです」「水にコストをかけません」と電話をくれれば、私は「パン事業」に対しての関心は、それで終わっていた訳です。

一般論としての話ですが、人間は病気になったりまた大金が入ったりしたら、人は変わるという話は聞いてはいましたが、彼はそうではないと今も信じています。ただ忙しいので連絡をするのを忘れていたのでしょう。そのように今も思っています。
私は新幹線の車中の2時間30分の間、コールバックを待ちつつ「銀座の1階」「OSGの水」という年初めには思っていなかったワードが私の頭の中に繰り返し出てきました。
「パン事業か」「銀座の1階が生きるか」「アルカリイオン水か」・・・
とはいえ、私には「パン作り」等、経験をした事がなく全く無知の状態です。

ちなみに残念な事に森上会長からその日は電話はありませんでした。
翌日も、翌々日も、その次の日も約束の電話はありませんでした。
5年経った今も、電話はありません。大変忙しいのでしょう。理解します。

しかし、私の胸のどこかでコールバックがない事に、かっと燃えるものがありました。
勿論、それは怒りから来るものではありません。何か、弾けたのです。第六感です。

私はOSG東京本部に着き、すぐさまあるところに電話をしました。
「もしもし、髙橋社長ですか。あけましておめでとうございます」
森上会長と面談して24時間後の出来事です。

次回、3月1日に掲載します。

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