代表取締役 湯川 剛

昭和通りと晴海通りが交差する三原橋交差点を歌舞伎座側に向かって横切り、私は「俺のベーカリー東銀座店」を後にしました。
歌舞伎座の正面入口を過ぎてすぐの角を左に曲がった木挽町通りを「銀座に志かわ」銀座本店に向かって歩きました。真っ暗な夜道です。
昭和通り・晴海通りという大きな通りに面した「俺のベーカリー東銀座店」と比較すると「銀座に志かわ」の立地は完全に路地だなと、改めて思いました。
「銀座に志かわ」銀座本店前の通りは一方通行で、殆ど車も走っていませんし、冬の夕方6時ともなれば人通りもなくなります。通り名があるのかすらも分かりません。
私は真っ暗な路地を銀座本店に向かって歩いていましたが、その足取りは段々遅くなっていきました。
「俺のベーカリー東銀座店」が「銀座に志かわ」本店と同じエリアで同じ時刻にオープンする情報を耳にした時、私は「銀座でホットな戦い 食パン戦争」で、なかなか話題になって良いではないか、などと調子のいい話をしていましたが、急に不安がよぎりました。
それが足取りを遅くさせている原因です。

「同エリア同日同時刻オープン」に対して、やはり絶対的立地条件の良い「俺のベーカリー東銀座店」にお客様が集中するのではないかという不安です。
逆に言えば「銀座に志かわ」には全くお客様が来ないのではないかという、どこか「恐怖」に似た思考が瞬間的によぎりました。
本来、私に絶対にあってはならないネガティブ思考です。
真っ暗な夜道がそのようにさせるのか。歩いている道幅がそうさせるのか。
ひとり夜道を歩きながら、私は「これはいかん」と思いました。
こんな時こそ「プラス思考」で明るい材料を探さなければ!
プラス要素を探す訳です。だからこそ「プラス思考」と呼ぶのです。
社員さん達に常日頃からそのように教えているのだから、「これは正に生きた教材だ!」と不安を煽る思考を打ち消して、プラスに転じる明るい材料を見つけようと自分自身に言い聞かせ、歩きました。
ところが、なかなか「銀座に志かわ」にとって明るい材料を見つけ出そうとしても見つけられません。見つからない原因は間違いなく、「立地条件」という要件が大きく私の思考に影響を与えていました。とはいえ、店舗の位置を変えるなど、絶対あり得ない事です。
話は変わりますが、私は「絶対にあり得ない事」は考えない性分です。
理由はシンプルです。それは無駄なエネルギーを費やすことだからです。
例えば、「自分がもう10年若ければ・・・」という実現し得ない話をする人がいますが、私は一切、そんな絶対あり得ない絵空事の話題には乗りません。
ですが「もし月に行けたら・・・」という話であれば違います。可能性があるからです。
ところが、オープン当日の「俺のベーカリー東銀座店」の場所を変える事など、「絶対にあり得ない事」です。同様にオープンが差し迫る「銀座に志かわ」の場所を今更どこかに変更する等、あり得ないのです。
真っ暗な路地を歩く私を困らせ、私の思考回路を支配して離れない「立地条件」。
「同エリア同日同時刻オープン」が私を困らせているのではありません。
あろう事か、この私が「ネガティブ思考」から離れられなくなっている事こそが問題なのです。OSGの社員さんが知ったなら、「自称 ポジティブ思考の持ち主」と言い続けてきた私自身を全面否定する事になります。
それを重々分かっていながら、銀座本店までの1キロ程の移動にかかる約10分間、私は否定と肯定を繰り返していました。

正直、オープン当日のこの瞬間まで、私は寸分も不安を感じてはいませんでした。
にも関わらず、どうしたことか同エリア同時刻オープンの「俺のベーカリー東銀座店」を見て、急に「銀座に志かわ銀座本店」の立地の悪さを改めて実感し、このネガティブ思考を引き起こしている訳です。時計を見れば、午前2時を過ぎていました。

私は銀座本店近くまで来た時には「晴海通り、晴海通り」と繰り返していました。
そして「よし!いつか晴海通りや昭和通りのような表通りに銀座に志かわを出店してやろう」と新たな目標を思い付いた時、本来のポジティブな自分を取り戻していました。
銀座本店に到着。オープンに向けて準備を進める工房スタッフの皆さんをドア越しに見ながら、階段で2階に上がりました。
「俺のベーカリー東銀座店」から移動する僅か10分間、私を支配したネガティブ思考を、改めて反省しました。
「よーし、やったろうやないか!!」

工房作業が出来ない私は銀座に志かわ銀座本店の2階で、期待と不安の入り混じった感情の中、椅子に座ってオープンのその時を待っていました。この不安は「立地条件」の不安ではなく、一般にオープンを迎える良質な不安だと、今になっては思います。

オープンまで、あと8時間を切りました。

次回、10月10日に掲載します。

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