外が明るくなり、既に銀座本店の工房からは、香ばしい匂いが充満していました。
私は、この日9時に予約をしている高輪病院皮膚科へ向かうため、6時過ぎに一旦銀座本店を出て社宅に戻ろうとしました。
銀座本店には昨夜からオープン祝いに頂いている祝い花が続々と届けられていました。これをどのように並べるのか、と思案しながら、今更ですが私は何故9時に病院で診察してもらう予約を取ったのか、と反省しつつ、都営浅草線の宝町駅に向かいました。今から考えればキャンセルしてもよかったのですが、その場を離れました。
診察が終わって、治療費を支払う順番を待っている時にジャパンフーズの本所社長からメールが入っていることに気が付きました。メールを開けると「湯川さん、凄い事になっているよ」とのメッセージに、写真が添付されていました。
なんと銀座に志かわ・本店オープン初日に、多くのお客様が並んでいる写真でした。何人のお客様が並んでいるかは、この写真では分かりません。分かりませんが、長蛇の列のようです。私にとって想像もしない写真でした。
私が48年間経営してきた中で、このような「待ち」の仕事の経験はなく、それだけにお客様がわざわざこちらに来てもらう仕事等やっていません。しかも、来てもらうどころか待って頂いているのです。「銀座に志かわの食パン」を買うためにです。
私の48年間は、お客様を探し、お客様を訪ねての「攻め」の仕事でした。この「写真」は本当に「銀座に志かわの食パン」を買って頂くために並んで頂いているのか。喜ぶとか、感激するとかという気持ちは一切ありません。むしろ、緊張する気持ちばかりでした。私はどうも苦労性なのか、良いことがあれば必ず悪いことが起こる、という思考回路の持ち主です。
私の人生訓に「好事魔多し」があり、この「人プラ」にも何度か登場しています。それだけに、この長蛇の列はどこかで他人事のような気持ちが半分で、半分は正直「よかった」の気持ちで病院を出ました。
時間は10時を過ぎていました。
病院の隣の薬局で処方される薬をもらうこともやめ、銀座本店に向かいました。ただ、早く行きたいにも関わらず、私は宝町駅を降りずにその1つ手前の東銀座駅で降りました。それは、今から10時間程前に「俺のベーカリー東銀座店」から暗い夜道を銀座本店まで歩いた事を思い出しながら、「俺のベーカリー東銀座店」はどうなっているのだろう、という気持ちからです。
11時前の「俺のベーカリー東銀座店」は、数名のお客様が並んでいました。たぶん、それまでに売り切ったのかも分かりません。銀座本店に到着すると、店舗の向かい側の道路にお客様が並んでいます。私は慌てて2階に行きました。髙橋社長に「どんな感じですか」と尋ねると「朝から凄いです。もうすぐ売り切れると思います」との事でした。
私はふと、川越にある関連会社のOSGウォーターテックから50本程の事前予約をもらっていることを思い出しました。これは、オープン前に「事前予約を取ろう」とスタッフに呼び掛け、私自身も自ら率先して予約を取っていました。その事前予約は午後になってから受け渡しすることになっています。私はOSGウォーターテックの社長に「すみません。商品がもうないので、銀座に来ないで下さい」と言いました。
「湯川会長、もう既に車は出ています」「何とか車を止めて下さい」等というやり取りをオープン初日にしていることをハッキリと覚えています。OSGウォーターテックだけではありません。あれほど事前予約でお願いしていたにも関わらず、初日の当日来店のお客様の想像以上の反響から、予約を頂いたお客様に「予約を取りに来て頂いても、お渡しすることができない」と伝え、お客様からの「ではいつ頃になりますか」に対して「多分この調子なら1ヶ月後になります」と返事をしました。予約を頂いたお客様からすれば、なんと身勝手な連絡であっただろうと思います。
そうなると人間は不思議なもので、当初予約をして頂いているお客様も元々は「銀座に志かわの食パン」を知らない訳です。ただ日頃のお付き合いにて頂いた事前予約でしたが、ほとんどのお客様から「えー早く食べたいので、早く持ってきて下さい」と言われました。
オープン初日の午後は、そんなやり取りばかりでした。
私はこのような状況でどのようにしていいか分からないので、髙橋社長に「商品がなくなった場合、どうすればいいのですか」と尋ねました。髙橋社長も当初は戸惑っていましたが「完売のお知らせをしなければいけない」と言いました。そこで私は「よし、完売御礼のポスターを出そう」と決断しました。これが銀座に志かわの「完売御礼」の初めてのポスターになりましたが、今から考えればおかしな「完売御礼」のポスターが出来上がりました。
オープンから僅か2時間足らずの12時前に「完売御礼」のポスターが銀座本店の店頭に「掲示」されました。
次回、10月20日に掲載します。
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