代表取締役 湯川 剛

話は少し戻りますが、2019年4月30日。
この日は平成最後の日、「平成31年4月30日」となります。
この日の夕食の献立は「銀座に志かわ食パン」とレトルトカレー、赤ワインでした。
テレビ番組「天皇陛下退位」を視聴しながら、東京で1人の夕食でした。

翌日から元号が変わり「令和元年5月1日」となりました。
私が、令和元年の最初に口にしたのが「銀座に志かわ食パン」です。

平成最後の食事は「銀座に志かわ食パン」です。
令和最初の食事もまた、「銀座に志かわ食パン」です。

私は、朝に銀座に志かわ創業のメンバーである髙橋社長と宮崎社長へメールを送りました。
当時、新しい元号である「令和」より「平成30年間」についてテレビは取り上げていました。皇室から政治・経済、そしてスポーツ・芸能など多岐にわたって「平成30年間」について放送されていました。
令和最初のメールの相手が、髙橋社長と宮崎社長です。メールの内容は、平成30年間の食文化についてです。「平成30年間の間に国民に浸透した食文化」は「吉野家の牛丼」と「回転寿司」である、との事です。私は、両人に『平成最後の年に誕生した銀座に志かわは、令和の時代に「銀座に志かわ食パン」を根付かせたい』とその思いをメールしました。その後、私は何故かしら皇居に行きました。既に皇居の行事は終わっていたのか、警備用のカラーコーンとコーンバーだけが残っていた感じがします。私はそれを見ながら、三越銀座店のデパ地下売り場の責任者の方が「100年は頑張って下さい」(第579回:100年に向かっての1年目 2024年3月20日)と私に激励されましたが、この時私は「30年はやらなければならない」と改めて「銀座に志かわ」の継続を強く認識しました。

ついつい日々の仕事に追われ、こういう事の思いは忘れがちでありますが、しかしこういう思いがあればこそ、大きな障害に出会ってもそれが支えになる事を私は何度も経験してきました。

そう言えば、令和最初の夕食はやはり「1人ディナー」で、当然の事ながら「銀座に志かわ食パン」と昨日に続きレトルトカレーとほうれん草と納豆と赤ワインです。
平成最後の晩餐(?)から見れば、令和最初の晩餐(笑)はほうれん草と納豆が増えただけです。今から考えれば、ポパイの馬力と粘りでやり切ろうと思ったのでしょうか。

この日から7日後の令和元年5月7日火曜日に「ガイアの夜明け」が放映されるわけです。そしてこれが、後々の「食パン専門店」のブームの始まりであり、また終わりでもある事は、この時は知る由もありません。
令和元年5月1日から本日は令和6年5月1日。わずか5年前のお話です。

次回、5月10日に掲載します。

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