代表取締役 湯川 剛

2021年2月5日役員会。第52期最初の役員会です。
前期の創立50周年に過去最高の増収増益を計上した事を報告し、感謝を述べました。また、1年限りの営業本部長を辞任し、会長に戻る事を改めて伝え、OSG本体に対しては従来通り社長中心に運営する事を確認しました。その上で、創立100年に向かって、その第1歩として中長期計画「第10次4か年計画」を人心一新の布陣で運営する事も伝えました。3代目社長として、山田啓輔取締役が指名されました。2代目社長の選任は、当時の役員たちで選んだ事は既に「人プラ」で掲載しています(第350回:後継者選び、第351回:超ワンマン経営者)。
今回は私の指名で決まりました。空席の営業本部長は敗者復活戦の再登板です。

山田啓輔新社長は昭和46年10月生まれ。OSGが創立2年目に誕生したわけです。
平成6年大阪本社に入社。初の役職は早くも入社5年目で、広島営業所所長でした。
平成23年西日本担当営業本部長に就任し、平成25年にはOSGグループの水宅配事業である株式会社ウォーターネットの代表取締役社長に就任しました。ここでは、私と一緒に数年間経営をしましたが、途中から山田社長に経営を全面的に任せ、私は完全にノータッチ状態にしました。たぶん、ここで経営学を更に学んだと思います。
山田社長は「アスリート社長」と呼ばれるくらい、フルマラソンに参加し、なんと100kmマラソンやトレイルラン等に出場するぐらいの運動系経営者です。学生時代は陸上ではなく、サッカー部に所属していました。OSG入社後、OSG恒例のホノルルマラソンに参加した事をきっかけにフルマラソンに興味を持ったとの事です。
ウォーターネット時代に山田社長自身が命名した「ステハジ」を社内外に広め、これが後々、大阪・関西万博の「TEAM EXPO 2025」共創パートナーとして登録されるとは、この時思っていなかったと思います。いずれにしろ、「人心一新」の新体制にて100周年に向かっての第一歩を歩み出しました。

なお、2代目の溝端社長は、私が長年気に掛けていながら時間的関係上、改革改善できなかった生産部門のOSGウォーターテック(略 ウォーターテック)の代表取締役に就任してもらいました。溝端社長の緻密な運営こそがウォーターテックの経営に必要である、と判断したわけです。溝端社長は超ワンマンな私の後を当時39歳で引き継ぎ、見事に運営してくれました。OSG溝端社長としての最後の第51期は、1年限りでしたが私が営業本部長としてタッグを組んで過去最高の増収増益を計上してくれた事は、大変喜ばしい花道であったと思います。今後、ウォーターテックは溝端社長体制のもと、従来のOSG本体の生産部門だけに留まらず、直接海外市場に対応していく事になります。私が、従来OSG部署にあった海外部を数年前よりウォーターテックに移管したのは、その為の準備でした。私とOSG本体を束ねる山田社長、それに生産部門を束ねる溝端社長との3人体制で、それぞれの強みや個性を活かしながら創立100年に向かって人心一新の新体制での船出となりました。

翌日の2月6日から始まる冬合宿の席上、新体制が発表されました。

次回、8月1日に掲載します。

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