代表取締役 湯川 剛

私にとって、2022年6月30日は思い出の日となりました。それ以降、ロイヤルホテルを訪れる機会があるたびに、この日の事をありありと思い出します。ちなみに、このロイヤルホテルは、OSGが初めて創立10周年記念式典及び謝恩パーティーを開催した場所です。周年式典を開催したのは33歳の時ですので、既に40年以上の時を経ました。これまで私は、このホテルに来るたびに創立10周年の事を思い出していましたが、そこに新たな思い出が1つ加わった感じです。

「根上の株主なので、あまり詳しい事は話せない」という坂根社長の意向は、私も十分理解していました。企業内部の事について質問すれば、答えにくいのは私としてもよく分かります。何より、気持ちよくサインをして頂いた事が無下になります。ただ、どうしても気になる点が1つだけあったので、「最後の質問」と前置きして尋ねました。
それは、「根上」が最近発売した新商品「焼山」についてです。「根上」の生食パンは、これまで「耳まで柔らかい」事が大きな特徴であったと思います。「奇跡の食パン」にもそこのところが書かれていました。それにも関わらず、何故「焼山」を発売したのか、と確認しました。すると坂根社長は、「焼山」に自分はタッチしていないとの回答でした。私の疑問は解消される事なく残りました。

その後も、私と坂根社長、ゼウス社長の3人での会話が続きます。
私は坂根社長に、「どのようにして森上氏と出会ったのか」と共通の知人である森上氏について質問しました。今から約10年前、生死を彷徨う大病を経験した森上氏から突然12月に電話があり、「生き方が変わった。今までは自分の金儲けのために生きてきたが、これからは社員のために生きる」という話をされたそうです。実は私自身も、森上氏が大病を経験した事は知っていました。むしろ、当時は私自身も彼をサポートしていました。その当時の森上氏は、電話をすれば必ず1時間以内にレスポンスがありました。だからこそ、前回に掲載した「仕込み水への回答」が全くなかった事に対し、「何か変化があったのかな」と私自身の中で気持ちを切り替えました。坂根社長が語った「大病を経験した森上氏」は私自身も知っていたので、非常に身近にこの話に耳を傾けました。
坂根社長は、「根上」の内部の事については話せない、との事でしたが、私ではなくゼウス社長に聞いてもらうようにして、森上氏の人物像について話しました。
坂根社長によると、森上氏から突然12月に電話があり、「生き方が変わった。金儲けのためでなく社員のために働く」と言っていたのに、2か月後の面談では「接待交際費はバンバン使っている」となり、その翌月の3月頃に会った時は「あの会社は、関西にある会社に昨年11月頃に売却した」と知らされて驚いた。それなら、昨年の12月や2月の話は何だったのか、とゼウス社長に向かって話すのを私は横で黙って聞いていました。

もちろん、これは片方の話なので、その真意は分かりません。また、この時の話はここで詳しく掲載する事は控えますが、話を聞きながら私の持論である「組織はトップとナンバー2が仲違いをすると崩壊する」という言葉を、再認識しました。
要するに「根上」は、ナンバー2がトップを追い出し、自分がトップに就任するという「お家騒動」になった感じです。

いずれにしても、私と坂根社長との間に「共通の知人」が存在していました。その「共通の知人」をきっかけとして、私は食パン専門店業界に参入したわけです。一方で坂根社長は、その「共通の知人」と共同で食パン専門店業界の先駆者となり、そして「共通の知人」によってトップの座を追われる事になりました。まさに、不思議な巡り合わせです。

私は坂根社長の携帯電話を聞き、「これからも連絡を取り合いましょう」と言い、坂根社長も快諾されました。そして、別れ際に「人生はブーメランのようなものです。必ず行った行為は、良い事も悪い事も自分自身に返ってくるものです。私の考えでは、遅かれ早かれ森上さんも同じような状況になるのではないでしょうか」と言い、私は先に帰りました。


次回、6月10日に掲載します。

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