代表取締役 湯川 剛

2022年8月。この暑い夏の日を、私は生涯忘れる事はないと思います。
前回もお伝えしましたが、訴訟関係にあった猪木(実際には、猪木の取り巻き連中が仕掛けた問題でした)でしたが、彼の実態生活は悲惨なもので、寝たきり状態の猪木から「救出」を求められ、8月2日に引き取りました。詳しくは「人プラ」(519回~534回)及び「天国の猪木へ」参照。とにかく、この8月は病弱な猪木を回復させるために動き回っていました。

しかし、私の事情を知る事もなく、リアルな仕事は次々と新たな課題がやってきます。
8月の第1土曜日・日曜日は恒例の夏合宿です。既報の通り、2020年8月29日に都内のホテルで開催予定だった創立50周年記念式典は、コロナ禍にてやむを得ず中止。
その後、2025年に創立55周年記念式典を実施する事が決まっていました。それを中心テーマとした夏合宿です。
私は合宿に臨む前に、役員に改めて経営理念について説明をしました。その時、
「木を見て森を見ず」という言葉があるが、「木を見て、森を見て、大空や大地まで見るように」と創立55周年記念式典の準備に最善の気配りをするように伝えました。55周年を迎えた時、私は既に78歳です。一寸先、何があるか分かりません。それだけに、伝えるべき事は手を抜かず、邪魔くさがらず、しっかりと伝えなければなりません。
合宿2日目は、私自身参加せずに東京へ移動。翌8月8日、私は猪木と引っ越し先のマンションでの初めて再会しました。このあたりの詳細についても、「人プラ」(519回~534回)及び「天国の猪木へ」参照。

「銀座仁志川」は、オープンから4年が経っています。「食パン専門店」市場への参入企業が乱立し、レッドオーシャンの波は少しずつ、そして確実に起こっていました。業界全体がいわゆるネガティブな状態になっていました。飲食業界のこのような動きは、私にとって初めての体験です。ただ、過去の経営において、ネガティブな時こそ「逆張り」の判断を何度も行ってきました。
例えば、不景気な時に本社ビルを建設した事があります。当時、ほとんどの役員は積極的な賛成はしませんでしたが、私は「不景気だからこそ、建築業界も困っている」と考え、原材料が安く抑えられる時に本社を建てた事例があります。そんな性格から、私は銀座仁志川関係者に「今こそ銀座仁志川のブランドを構築し、他社との差別化を図る」と伝え、「銀座仁志川CMソング」作成を決断しました。私の知る限り、「食パン専門店」業界でCMソングを採用したブランドはないと思います。歌手には丘みどりさんの起用を決めました。決めた理由は、プロダクションの社長を知っていたからです。契約内容の詳細はここでは控えますが、私はプロダクション社長に「お友達価格」を徹底的にお願いしました。「ここで食パン業界の中で差別化を図りたい。しかし、潤沢な経費予算はない」と泣きつき、理解をして頂きました。そして出演が決まったと同時に、知人の広告代理店へ「CMソング」制作の依頼をしました。

「食パン専門店」市場のレッドオーシャン化、すなわち淘汰の時代へ突入している事を肌で感じた出来事がありました。低迷している複数の「食パン専門店」ブランドから、「銀座仁志川」へ売り込みに来ました。中には守秘義務契約も締結せず、あからさまに事業内容を開示し、「引き取ってほしい」という食パン専門店も数社ありました。そんな中で、「食パン専門店」業界からいち早く脱却し、一般的な「ベーカリー店」として業態変更したブランドがありました。
それが「嵜本ベーカリー」でした。


次回、7月1日に掲載します。

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