代表取締役 湯川 剛

2023年4月7日。OSGの定例役員会議が終わり、デスクワークをしていました。
16時30分頃、受付から「銀座仁志川の髙橋社長がお見えです」との連絡を受けました。この日は彼と会う約束をしていませんでしたが、とりあえず面談室で待ってもらいました。17時に約束していた乳製品メーカーの管理職らが来社。この時の面談については、事前に担当役員から「値上げ要請」の話があると聞いていたので、そのための私への挨拶でした。私は、それで髙橋社長がアポなしで突然訪問したのかな、と思いました。
18時にOSG本社近くの天神橋筋商店街内にある「もつ鍋」に乳製品メーカーの皆さんを招待しました。もちろん、髙橋社長も同席です。彼らは、突然の髙橋社長の参加に驚いていました。メーカーの次長の「私たちにとって、髙橋社長は雲の上の人」との発言に、私も「そうなんだ」と思いました。
髙橋社長は、既に三重県エリアではベーカリーの多店舗経営を展開していました。それだけに、乳製品メーカーの方々とは長いお付き合いがあったのだと思います。

髙橋社長を交えての乳製品メーカーの方々との2時間ほどの食事会は、昨今のベーカリー業界全体の話や「高級食パン専門店」業界の状況等が話題の中心でありましたが、ほとんどが人間関係を構築するための、言ってみればどうでもいい話で盛り上がりました。ただ、突然参加した髙橋社長が「値上げ要請」について何か意見を言うのかな、と思っていましたが、そういう話題もなく、私は「何のための突然訪問なのかな」と思いながらも食事とお酒と会話で過ごしました。時間が来たのでお開きとなりました。彼らを送った後、私は髙橋社長に「今日は北海道じゃなかったの」と突然の訪問の目的を確認しないまま、2人で最寄りの駅まで歩きました。
髙橋社長が途中で立ち止まり、私の方に向かって「湯川会長、私は既に55歳になります。そこで、上場会社の社長になりたいのです」と突然の発言でした。私も少しお酒を飲んでいましたので、一瞬、何を言っているのか分からなかったのですが、「それは素晴らしい」が私の第一声でした。髙橋社長が三重県で展開しているベーカリーが上場の準備をしているのか、と思い言った言葉です。しかし、それは私の勘違いだという事を彼の次の言葉で知りました。髙橋社長は、私もよく知っている会社名とその会長の名前を出し、「そこの社長に就任する」との事です。私の性格上、こういう状況の時に「えっ?!」という声は出しません。気持ちの中では「何を言ってるのか」という事があっても、そういう反応はしません。私は「それは良かった!上場会社の社長になりたい、という気持ちが以前よりあるのなら、その機会は活かした方がいい」と伝えました。
元々、髙橋社長は「銀座仁志川」の社長といっても、常時勤務しているわけではなく、三重県のベーカリーや北海道にあるピザ宅配の経営もしているので、その一環として新たに声の掛かった会社の社長に就任すると思っていました。ところが、よく聞くと「上場会社の代表取締役になるには、銀座仁志川を辞めなければなりません」との事です。この時も、私は「えっ?!」とは声を出しませんでした。私は、「そうなんですか。それなら三重や北海道の会社はどうするの」と質問すると、そちらの社長は辞任しないとの事でした。正直、何か矛盾を感じましたが、「55歳から上場会社の社長になることが夢であった」という髙橋社長の初めての告白に違和感を感じながらも、私は前向きに受け取りました。聞くところによると、年初めからこの話が水面下であったとの事です。それなら、早く話していただければ「新春トップセミナー」のセミナーも先日の柚子みつ発表会での「社長挨拶」も変わっていたのに、と思いました。「根上」の創業社長がいなくなり、まさか我が「銀座仁志川」の創業社長がいなくなる事もその時点では分かっていません。多分、前年秋から「銀座仁志川」の営業会議に髙橋社長がトップとなり会議を進めていましたが、中々好転しない事に限界を感じていたのでしょうか。それは私にも分かりません。

私のこの日の日記には、「4・7。天神橋筋商店街なんじゃらほいストーリー」と書いてあります。細切れに続いた髙橋社長との会話について、私は驚く気配もなく、「了解です。頑張って下さい」と伝えましたが、後日髙橋社長に失礼な事をした気持ちにもなりました。
むしろ、「えぇ、どうして?」「銀座仁志川がレッドオーシャンの最中になんで?」「食パン専門店が淘汰の時代に加盟店の皆様と頑張って乗り切りましょう、と新春トップセミナーで言ったばかりなのに、加盟店様にはどう伝えればいいの?」ぐらいの事を髙橋社長に伝えた方がよかったのではないか、と思いました。実際には、あっけない「了承」になってしまった事になりました。もちろん、髙橋社長には大変お世話になった事も事実です。感謝以外の何ものでもありません。日記に「なんじゃらほいストーリー」と当時書いた言葉も、今となっては意味不明な言葉ですが、何に対して「なんじゃらほいストーリー」なのかは、ここでは控えます。

帰り際、私は髙橋社長に2つの事をお話しました。
1つ目は、この数年間少し気になっていた事のアドバイスです。それは、「報・連・相」の重要性を伝えました。「銀座仁志川」では、髙橋社長からの「報・連・相」が十分でなかった事で多少混乱した事もあります。実はこれは、やむを得ない事です。中小企業の社長は、自分で決め、自分で変える習慣があります。しかし、組織で動く以上は「報・連・相」が欠けると必ず問題が生じます。特に、髙橋社長の次の就職先であるS社は、私ほどは理解してくれないと思います。よって、最後のアドバイスとして、特に上場会社の場合における「報・連・相」の重要性を伝えました。
2つ目は、どうでもいい話です。髙橋社長に「『銀座仁志川』を立ち上げた社長としてS社は評価していると思うので、それをアピールした方がいいですよ」と話しました。
それに彼は笑顔で「そのつもりです」と答えました。

「なんじゃらほい」


次回、11月1日に掲載します。

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