「ここです」とNさんは私に告げました。私は唸りました。数分は唸っていたと思います。
「買う」と即答したいところでしたが、この時の私は即座に「買う」と応えられない事情を抱えていました。それというのも、わずか数ヶ月前に南区(現在は東区と合併して中央区)で小さな土地を購入したばかりだったのです。場所も同じ谷町筋に面していて、この売地から南へ車でなら5分とかからない距離にありました。
「それなら南区の土地など買わなきゃ良かった」思わず土地を勧めてくれたNさんに不満をぶつけていました。Nさん自身も、ほんの数日前にこの売物件の事を知って驚いたというのです。
私は「これは神様の仕業で、私を試しているのだ」と思いました。この土地を簡単に買えないような状況下で、あえて私にこの土地を見せているのだと思ったのです。
東西南北の通り沿いで、しかも同じ谷町筋沿いの土地。条件もピッタリ・・・。いや、この時は条件がどうであれ、入手しなければならない宿命的なものを感じました。
私の心は決まりました。「この土地を買おう!」
南区の土地の返済と重複しての土地購入は現実的に厳しいけれど、この機を逃せばこの神様が試している土地(北区)は二度と手に入れる事は出来ない。そう判断した結果でした。これまで以上に死に物狂いで働こうと思ったと同時に、「隣のビルより10センチ高いビルをこの土地に建ててみせる!」と決意したのでした。
早速、私の友人で本社ビルの時にも完成図を描いてくれた工務店の社長に、今回も同じような依頼をしました。「どんな事があっても、隣のビルより10センチ高いビルが欲しい。その為にも隣のビルを盛り込んで、ビル完成図を作って欲しい。」
数日後、友人である工務店の社長が完成図を持ってきてくれました。パネルの中には私の要望通りに隣のビルも描かれていました。「この10センチ高いビルはいつ頃出来るのか」という友人の工務店社長の問いに対して私は「それは分からない。理由ははっきりしている。資金がない。10年先か、20年先か分からないが、しかし土地を確保した限りは必ず建ててみせる」
そう言って、隣のビルより10センチ高い完成図のパースを受け取りました。「このビルが完成する時、たぶん会社も大きく変化しているだろうな」ビル完成図は会社の未来図のように思えました。
私は完成図を見るだけでは飽き足らず、低予算で建てられる4階建てのビルをその土地に建てる事にしました。理由は、本社ビルが手狭になった事、買った土地を遊ばせておくのは勿体無く思った事、そして何より隣のビルを毎日、生で見上げる生活こそ仕事に意欲が湧いて来ると思ったからです。5月に購入して、その年の10月に建物は出来上がりました。たぶん谷町筋の中で一番お粗末なビルだったと思います。しかし幹部社員の皆さんには「いつ潰しても潰し甲斐のあるビルだが、このビルで精一杯稼ごう!」と士気を鼓舞して、このお粗末なビルを「本部ビル」と呼ぶ事にしました。この本部ビルを中心に、更に業界日本一を目指して11月には東京・名古屋に営業所を設立しました。
1983年の年も慌しい1年で、社員さんの募集・面接においてもお客様との話においても、そして協力関係の皆さんや金融関係の方々にも「必ず日本一を目指す」「必ず10センチ高いビルは建ててみせる」を常に話していました。
(次回に続く)
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