代表取締役 湯川 剛

奥様と2人きりの生活だという後藤さん宅は、さすがに芸術家という趣きで、作品が所狭しと飾られていました。作品は前衛的で、私にはとても理解できないものばかりでした。

単独行動していた私の3日間をかなり気にしてくれていた後藤さんは、奥さんがいたせいもあって、初日に会った時とは全く別の対応でした。うどんを食べながら「何を売りに来たの?」という奥さんに、お土産代わりに持っていったリズムタッチを見せ、商品説明をしました。
奥さんが気に入ってくれたのが影響したのか、後藤さんは突然どこかに電話を掛け始めました。
そして「明日、日本人向けにスーパーを経営している私の友達のところに行こう」という事になりました。

翌日、私は後藤さんに連れられて日本製品ばかりが並ぶ50坪程のお店に行きました。社長は染川さんです。持参した3台目のリズムタッチ使って実演しながら、店内で社長相手に説明を始めました。社長の肩にバットを当てながら説明をしていると、友人であるアメリカ人の社長らも興味を示し「自分にもやってくれ」と要求されました。出会った夜、「販売には協力しない」と言っていた筈の後藤さんが、気付けば一生懸命に私の商品説明を通訳してくれていました。
1時間ほども経ったでしょうか。染川社長から「これは、1ケース何台入っているの?」「値段はいくらなの?」と質問されました。
「1ケース、日本から送ってくれますか」染川社長の言葉に、私は最初ポカンとしていました。
「注文だ!!湯川君、注文!!」その後藤さんの声で初めて、今、自分が注文を受けている事に気付きました。リズムタッチがアメリカで売れた瞬間です。

私は染川社長の手を両手で強く握りました。何度も何度も感謝の言葉を述べました。殆ど笑う事のない後藤さんの笑顔を、この時初めて見ました。私は目頭が熱くなって来ました。
翌日、私は帰国の途に付きました。何度も後藤さんにお礼を述べ、「必ずニューヨークを再訪問する」と約束しました。

日本に帰り、お礼の手紙を添えてリズムタッチを1ケース、24台送りました。1ヵ月後、リズムタッチ1ケース分の代金が入金されました。その入金はそっくりそのまま「定期預金」にして現在もOSGの定期預金に組み入れられています。私のニューヨーク体験は「市場は世界にもある」という考え方を更に強くさせました。

「ニューヨークを見ずして、アメリカを語るな。ニューヨークだけを見て、アメリカを語るな」後藤さんが言われた言葉は、この年になっても忘れる事はありません。
それ以降、このニューヨークでの体験記は機会がある毎にOSGの社員さんに話します。
「自部署(営業・管理・生産)の業務を熟知せずしてOSGを語るべからず。他部署(営業・管理・生産)の業務を体験せずしてOSGを語るべからず」
また「社長の文化は会社に影響を与える」と言う事も肝に銘じました。

それから6年後の1990年10月に、創立20周年ということでOSGの幹部社員の皆さん10人をニューヨークに体験旅行させました。勿論、後藤さんにも会いに行かせた事は言うまでもありません。

(次回に続く)

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