8月2日、夏合宿初日。創立55周年記念式典を控えての恒例の夏合宿です。
この2日間のテーマは、ほぼ「創立55周年記念式典」に絞られていました。
私の出番は夕方4時からでした。参加した約100名の管理職を前に、次のような挨拶をしました。
「OSGグループは、私の人生そのものです。私の20代の青春の思い出も、30代も40代も、全てOSGと共に歩んできました。だから、この歳になっても同じです。私の70代もOSGそのものです。どの時代を切り取っても、OSGの話しか出てきません。50代では、中国全土を駆け巡りました。毎月14泊15日の中国出張でした。同時に、日本に戻れば水宅配の新事業や水自販機の準備等をした事がすぐに思い出されます。個人的な50代の思い出は何もありません。だから、私の人生は丸ごとOSGグループです。逆に言えば、他の人の青春時代の楽しみを私は知りません。実は、20代で知るような遊びも分かっていません。勿論、悔やんではいません。
OSGグループ抜きに私は自分の人生を語ることができません。OSGグループが私の人生そのものだからです。OSG本社ビルが出来るまでの苦労や川越工場が出来るまでの経緯は、映像のように頭の中に浮かびます。それぞれの建物や工場、そして店舗の全てを忘れる事はありません。どれも安易に得たわけではありません。むしろ、厳しい状況の中で築き上げられたものです。
しかし、OSGグループは私自身のものではありません。本社ビルや工場、それに店舗も含めて私自身のものではありません。これは参加されている皆さん方が活用していくものです。5坪の貸室からスタートし、今日まで作り上げた資産は私のものではありません。
私には会社から『5坪の部屋』を頂いています。スタートの時と全く同じ広さの部屋です。創業当時はここに5人がいました。今は1人ですので、十二分な広さです。
それでは、私には何もないのか。何も残らないのか。そうではありません。
実は、私には凄い財産があります。それは何物にも代えられない『思い出』です。そのひとつひとつの事業や建物、全てに思い出があります。『例えば、それを得るためにハラハラドキドキしたり、もうあかん』という感情まで私の思い出の中に沁み込んでいます。この思い出こそが私の大きな財産です。
では、これから先はこの思い出と共に生きていくのか。というと、そうではありません。これからの私は、3本目の柱である『食』市場を軌道に乗せ、海外市場への道筋をつけることに注力し、同時に『社会奉仕活動』に専念します。
私は社会から多くの恩恵を受けながら、今日までやってきました。これからは、これに対してお返ししなければなりません。これが『我が社の理念』にある『人生を愛せ』への最後の実践です。この事を私は、皆さん方に実践して見せなければなりません。」
【注:人生を愛せ】
「たった一度の人生を無駄にしてはいけない。今日まで歩んできた人生は、何も一人で歩んできた訳ではない。我々は、生まれてから今日まで与えられてきた人生であった。誰一人、自分の力だけで生きてきた人はいない。しかし、人生は与えられてきたばかりでもいけない。与えられてきたのならば、いつかは返さなくてはならない。次に我々は、与える人生でなくてはならない。『いつか返すのだ』という気持ちで生きるには、まず自分の歩むこの人生を大切に思う事が、根本に流れている事である。たった一度きりの人生、意義ある人生にすべきである。」
合宿から5日後の8月8日11時。秦野工場の竣工式が行われました。
秦野工場竣工式から10日後、私は上海に飛び、「銀座仁志川」として初の食パンレストラン「上海興業太古滙店」のオープンセレモニーに参加しました。8月21日に台北へ飛び、23日帰国。そして27日、2日後に控える「創立55周年記念式典」の会場を下見し、海外からのお客様との接待を行いました。
いよいよ2日後に「創立55周年記念式典」が開催されます。
そして、私が「余命10年宣言」をする2日前です。
次回、11月29日に掲載します。
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