代表取締役 湯川 剛

本日は2022年12月31日です。
3日前に両国国技館にて「イノキボンバイエ」が開催されました。
海外から出場した選手も含め、闘った選手達が「アントニオ猪木さんの影響で・・」とメッセージします。
アメリカから参戦したある選手の参戦後のメッセージには涙しました。
猪木は多くの選手から愛されていた事が改めて知りました。
猪木が楽しみにしていた「イノキボンバイエ」開催に巌流島の谷川さんをはじめ大会開催に関わって頂いた多くのスタッフの皆さんには感謝します。

また4日後の1月4日は新日本プロレスが東京ドームにて「猪木追悼興行」が行われます。
年末年始の試合会場には猪木生前と変わらなくイノキボンバイエの音楽が流れ「1・2・3ダァー」が聞こえています。
天国の猪木さん、聞こえていますか。(詳しくは後日報告します)

さて、話は猪木の葬儀告別式が終わった6日後の10月20日に戻ります。

私の携帯電話に着信がありました。発信者を見ると「アントニオ猪木」からです。
瞬間的ですが「え?」と思いました。私はすぐに応答せず発信者「アントニオ猪木」が表示している携帯電話を右手に持って何秒かこの瞬間を楽しんでいるような気持ちでいました。
よく四十九日まではまだこの世にいるとの話ですから、亡くなって20日。寂しがりの猪木からの電話ならこの電話は楽しいものです。いつもなら「元気ですか~!」との第一声です。

猪木から電話を受けた人なら分かると思いますが、猪木からの電話はいつもの声で「元気ですか~!」と言った後、用件は何も言わないのです。そうすると受けた側はこちらが電話を掛けたようにこちらから何か言わなければいけない状況になります。
最近では元気のない弱弱しい声で「猪木です」。どちらも殆どが用件がない電話でした。
猪木からの「元気ですか~!」は懐かしいです。もう二度と「アントニオ猪木」本人からは電話は掛かってきません。四十九日まではこの世にいるなら、私から猪木に「元気ですか~!」と掛けたいものです。「猪木さん、電話に出てくれますか」

電話の主は寛子さんでした。猪木の携帯電話を使って掛けてきたのでしょう。
「新橋のSL広場に既に到着しています」との事です。私はそちらに向かっていますのでもう少しお待ち下さいと電話を切りました。
この日、私と寛子さんは彼女の日本側の代理人である弁護士事務所に向かっていました。
猪木の相続問題やその他いろいろな問題を代理人に相談する為に立ち会って欲しいとの事です。私も猪木からの3番目のメッセージ「調べてほしい」の事前準備の訪問も兼ねていました。私は猪木の四十九日法要が終わるまではこの件は動かない事と決めていました。

さて、猪木の四十九日法要は11月24日に決まりました。

この日はご遺族だけの法要としていましたが、実はプロレス3団体に参列して貰いました。
特に全日本プロレスやプロレスノアは通夜葬儀告別式と試合興行の日程が重なり参列出来ず、この四十九日の法要に参列して貰う事になりました。心から感謝したいと思います。
よく言われる「力道山は日本のプロレス界の生みの親」であれば猪木・ジャイアント馬場は間違いなく「日本のプロレス界の育ての親」になります。この2大スーパースターがいなければ現在のように日本のエンターテイメント・スポーツ界にプロレス興行は定着していないと思います。
また猪木は「日本の総合格闘技界の生みの親」でもあります。
この日の各団体のスター選手達が参列して貰った事で大変意義のある四十九日法要でした。
武藤敬司選手の言葉を思い出します。以前も掲載(第530回:新日本プロレス「終身名誉会長」就任)した私と食事をしながら「もし猪木さんが悲惨な生活で人生を終わるならば、それは猪木さんのためだけでなく日本の全レスラーにとっても夢のない話にもなります」。団体の所属の垣根を越えてアントニオ猪木は日本の全レスラーや格闘技選手に何らかの影響を与えています。
新日本プロレスは猪木の社会的最終身分である終身名誉会長にて通夜葬儀告別式から引き続いて四十九日法要にも参列していました。

この日、総持寺にて四十九日法要が営まれました。
13時受付で法要は13時20分からです。私は12時に到着する予定で向かっていました。ところが髙橋社長から電話がありなんと既にプロレス3団体の関係者は11時過ぎには集まっているとの事でした。その原因はIGF側の完全な連絡ミスです。
猪木から「恥をかかせるな」と言われているようです。私も慌てて会場に入りました。選手の皆さんは同寺の喫茶店で待機していました。私は「連絡ミス」を皆さんにお詫びしました。
事前に用意していた「車代」を各選手に配りました。この時ほど「車代」を準備してよかったと思った事はありません。3団体のしかもスター選手達が一堂に集まる事は殆どありません。ちなみに喫茶店で3団体の選手が座っている風景は間違いなくレアものです。

多くのマスコミも取材に来てくれました。選手が一堂に集まり記念写真が撮影されましたが当然の事ながらその日のネットニュースに一斉にアップされました。
ちなみにプロレス・格闘界からは55人の選手・関係者が参列しました。プロレス・格闘技ファン以外の方には馴染みがない氏名だと思いますが掲載させて頂きます。(敬称略)
新日本プロレスからは坂口征二、菅林会長、永田裕志、小島聡、鷹木信悟。
全日本プロレスから十枝取締役、木原リングアナ、諏訪魔、石川修司、宮原健斗、青柳優馬、ジェイク・リー、ヨシタツ。
ノアから武田取締役、藤田和之、杉浦貴、拳王、清宮海斗、稲村愛輝、中嶋勝彦。
総合格闘技界からもRIZINの榊原信行CEO、巌流島の谷川氏、格闘家の関根〝シュレック〟秀樹。そして藤波辰爾、小川直也、更にジャイアント馬場の馬場家から緒方氏も参列してくれました。ありがとうございます。新日本プロレスの菅林会長の話によると鷹木信悟選手は何としてもお参りに参加したいと強い申し出があったとの事でした。

撮影の場で新日本プロレス菅林会長と猪木元気工場髙橋社長の2人による記者会見があり、「お別れ会」の日時・会場が発表されました。
いつ「お別れ会」をやるのかという問い合わせが多数ありましたが、まずは日時と場所が発表されました。私としてはファンの皆さんに「遅れてすみません」という気持ちでした。
日時場所は『2023年3月7日、両国国技館』と発表されました。
主催は新日本プロレス、猪木元気工場(IGF)の共同主催も発表されました。
詳しい事は追って発表するとの事でした。ニュースはその日のネットでアップされました。

さて法要の時間が来ました。
総持寺の本堂は日本一の大きさを誇る本堂だと言われていますが、言葉通りです。
祭壇の真正面に猪木の遺影と位牌が祀られていました。
厳粛の中にてご導師を中心に30人を超える僧侶が営む四十九日法要は壮大な儀式でした。
約30分間の法要でしたが恐らく参列された皆さんは僧侶らが動く作法や神秘なその風景には何かしら映画や舞台のシーンを見ている感覚になられたと思います。
RIZINの榊原信行氏が「素晴らしい。こんな四十九日法要は初めて見た。スケールの大きなスーパースターアントニオ猪木らしい壮大な法要だ」と言ってくれましたが、参列者の殆どの声は榊原氏の言葉に代弁していました。私もこのような法要は初めて体験しました。
法要の後、同寺の施設でご遺族らと精進落としの食事会がありました。
喪主の猪木啓介さんが猪木の遺影とお位牌の前で参列者の皆さんにご挨拶をされました。
私はご挨拶を聞きながら早いもので四十九日の法要が終わったと思うと同時に、次の「お別れ会」が頭を過りました。
葬儀告別式を終えた後に「次は四十九日法要を無事に努めなければならない」と思っていましたが、四十九日法要の精進落としの食事会が終わった時「次は来年3月7日のお別れ会を無事に努めます」と会場に祀られていた猪木の遺影に向かって約束しました。

「四十九日を終えて、この世からあの世に旅立っていく」と子供の時に聞かされました。
もう猪木さんは天国に旅立ったのですね。年齢から行くと、次は私の番になります。その時、天国の猪木から「人間界でしっかり整理してきてくれたか」と尋ねられても恥ずかしくないようにします。

「四十九日法要」が終わりました。
宿題は山積ですが
いよいよ動き出します!

【追記】
この「人生はプラス思考で歩きましょう!」は2005年1月1日より掲載しています。
ちょうど明日の2023年1月1日で18年になります。
当初は10年ほど前の出来事を、いつしか5年程前の出来事を掲載するようになりました。

第519回「猪木さん死去」(10月10日掲載)から「現在」の事を掲載しています。
理由は第519回に掲載していますが週刊誌の件や私の年齢も考慮し、期間限定での特別掲載としました。それが本日までとしていました。
この間、従来のOSG関係者以外の多方面の方々が読んで頂いている事を知り大変恐縮しています。プロレス関係者やメディアの方々からも「読んでいる」と言われました。
中には「本を出さないか」のお話もあり、驚くと同時に丁重にお断りさせて頂きました。
文中にも書きましたが、私は猪木の人生劇場のごく一場面に出会っただけの人物です。

先ほども言いましたように「猪木さんに関する内容」はこの号で終わる予定でしたが、多くの方々から「続行」の話を頂きました。その理由はまだ伝えていない事があるのではないかとのご意見です。その1つに「お別れ会」があり、「お墓問題」もあります。ちなみに「映画制作」に関しては近々発表されます。相手側の事も考慮して私からは発表しません。
多くの方が一番気になるのは猪木からの「3つのメッセージ」の3番目に対しての内容との事です。ちなみに猪木は「3つのメッセージ」を私だけに託したのではありません。この話を猪木と親交のある人達に伝えると「知っている」という方も一部いました。
ただその問題に対して実際に動いたのは私だけでした。

「お別れ会」や「お墓・納骨問題」そして「3番目のメッセージ」の経過報告に対して読まれている殆どの人が「継続するように」との声でした。
とはいえ、本来の「人生はプラス思考で歩きましょう!」(略「人プラ」)の目的もあります。よって来年1月元旦よりはこの「人プラ」は従来通りの形式に戻したいと思います。

猪木に関する情報は、まずは一周忌を迎える10月1日まで掲載を続けたいと思います。
来年からは従来の「人生はプラス思考で歩きましょう!」とは別のサイトで掲載します。
サイト名は「天国の猪木へ」の予定です。

今年も「人生はプラス思考で歩きましょう!」を読んで頂き、ありがとうございました。
皆様にとって来年も良い年でありますようお祈り致します。

「人生はプラス思考で歩きましょう!」(第535回:19年目に入る「人プラ」)は
1月元旦より掲載します。

「天国の猪木へ」(第1回:2023年も続く猪木ロス)は、1月15日掲載予定。
新年1月4日東京ドームで行われる「新日本プロレス猪木追悼大会」を皮切りに2023年も猪木への情報が尽きない。映画発表やお別れ会等の準備も出来る限りお伝えします。
「消えたガウン」も気になります。四十九日法要も終わり3番目の宿題に動きます。

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