
確か、猪木との訴訟問題が起こっていた期間に「甘井さんが猪木と出会ったのは仕事の関係で『ズッコbar』に行き、猪木の奥さんを通じて猪木と知り合った」という話を多数の方から聞いていました。勿論、その人たちは私を通じて猪木と知り合った事をよく知っている人たちです。
IGF関係者もそうです。最初に紹介した広告代理店の人たちもそうです。その時私は、彼には彼の事情があるからそのようにしているのだろう、とあまり気にしていませんでした。まして、猪木との訴訟問題(猪木本人が引き起こしたのではなく、猪木の周辺の人たちが引き起こした事が原因です。)に甘井氏が猪木側についているので、その方が彼もやりやすかったのでしょう。ただ、「嘘」は彼にとっても気が引けたのでしょうか。
今年の2026年1月7日。毎年開催している東京スポーツ主催のプロレス大賞参加パーティーがありました。私も毎年招待を受けていましたが、年初めの事もありいつも「欠席」にしていました。ところが、今年は東京でたまたま用事ができ、その流れで参加する事になりました。来賓席に座っていると、関係者から「甘井さんが来ていますよ」と聞きました。その後、パーティーが始まりました。親しいレスラー達の言葉を交わし、私は途中退席する事になりました。その時、甘井氏が立っていたので私は近づきました。彼は少し困った顔をしていました。私は彼に「甘ちゃん。新しい年を迎えたので過ぎた過去は忘れて新しい年にまた一緒に飯でも食べよう」と言いました。すると彼はいきなり「湯川会長が猪木会長を紹介してくれたのですね」と予想外の事を言いました。そこで私は「そんな事はどうでもいい。LINEでも交換しよう」とLINE交換をしました。「甘ちゃんはいくつになったんだ」と聞くと、「59歳になりました」と答えました。私は「そんな歳か。来年は還暦か」と言って彼と別れました。私は、会場である高輪プリンスホテルを出て品川駅に向かう途中、ふと不安がよぎりました。
話を元に戻します。
2月20日の夜。関係者から「甘井さんが亡くなりました」とのLINEが入り、私はある返事をしました。ここで詳細は控えます。後日、私に知らせてくれた関係者が「湯川会長だけ他の人と違った反応でしたが納得しました」との事でした。
甘井素之氏が亡くなり、ネットニュースでは「猪木との出会い」が書かれてありました。
私が1月7日に甘井氏と会った時、彼が「湯川会長が猪木会長を紹介してくれたのですね」と言わなかったなら、この話は披露していません。彼も心の中ではずっと気にしていたのでしょう。
甘井素之氏が亡くなった事にご冥福をお祈りいたします。
「甘ちゃん。猪木さんに会ったらよろしくお伝え下さい。
そして、天国でしっかり猪木さんのマネージャーとして支えて下さい」
次回の掲載は未定です。
(「天国の猪木へ」は不定期掲載です)
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